長沙洞撤収作戦

長沙洞撤収作戦：朝鮮戦争における奇跡の海上撤退

長沙洞撤収作戦は、朝鮮戦争中の1950年8月、韓国軍第3師団が人民軍の包囲網から海上撤退を成功させた作戦です。この作戦は、敵の目を欺く巧妙な偽装戦術と、迅速な撤退によって多くの兵士と避難民の命を救った、軍事史に残る奇跡的な撤退劇として知られています。

盈徳の戦いから包囲網へ

1950年7月17日以降、韓国軍第3師団と人民軍第5師団は、盈徳（ヨンドク）の地を巡り激しい攻防戦を繰り広げていました。しかし、8月8日に韓国軍は盈徳を失陥し、第3師団は長沙洞（チャンサドン）へ後退します。人民軍は、米海軍と空軍による海岸線への攻撃を避けるため、太白山麓を縫って南下し、第3師団の左側面を脅かします。8月10日には人民軍の軽装備部隊が興海（フンヘ）に侵入し、第3師団の退路を遮断、11日には後方の浦項（ポハン）が占領され、第3師団は完全に包囲されてしまうのです。

孤立無援の状況と撤退の決断

浦項陥落を知った金錫源（キム・ソクウォン）准将は、部隊の一部で浦項奪還を試みようとしますが、顧問官の反対で中止となります。アメリカ軍の巡洋艦や駆逐艦の支援があったものの、夜間は効果がなく、補給も途絶えがちでした。さらに人民軍第12師団が杞渓（キゲ）に侵入し、第3師団の退路を開く望みは絶たれてしまいます。この絶望的な状況の中、第8軍司令官ウォーカー中将は第3師団の海上撤退を決断します。

秘匿された撤退準備

8月14日、韓国陸軍本部も極秘にこの撤退計画を承認し、第3師団に海上撤退の準備を指示しました。金錫源准将は、計画を秘匿するために、大隊長以上の幹部だけにこの計画を伝え、警察隊や避難民には一切知らせませんでした。8月15日には、ヘリコプターによる薬品補給や負傷者の後送が行われ、撤退に備えて第23連隊は地境洞（チギョンドン）一帯、第22連隊は独石里（トクソクリ）一帯に配置されました。

巧妙な偽装と奇跡の撤退

8月16日朝、第3師団に連絡機が飛来し、夜にLST（戦車揚陸艦）を派遣する旨を伝えます。撤収地点は、独石里と祖師里（チョサリ）の間の砂浜に決定され、同日夜には、山砲による猛射や、車両のライトを点灯させて走行させるなど、敵を欺くための偽装作戦が展開されました。第一線の部隊は午後10時に離脱し、残った部隊は攻撃を装って射撃を続けました。避難民には「明け方に師団長が演説する」と伝えて海岸に集め、迅速にLSTへ乗船させたのです。

8月17日午前6時までに、将兵9000人（負傷者125人）、警察隊1200人、地方公務員・労務者・避難民など1000人以上、そしてあらゆる車両や軍需品、さらには子牛までLSTに積み込まれ、撤退が完了しました。日が昇ると人民軍は撤退に気づき攻撃を開始しましたが、米空軍の支援により制圧されました。しかし、師団長以下の首脳陣が援護部隊の撤収を見届けようとしたため、1隻のLSTが離岸できませんでした。乗組員の日本人が、「砲弾が飛んでくるのは契約外」として離岸しようとしたため、師団参謀長が説得し、再度接岸させました。そして援護中隊が乗船した後に無事離岸することができました。

再編と再戦

第3師団は九龍浦（クリョンポ）に到着し、8月20日までに新兵の補充を受け部隊を再編成し、再び人民軍第5師団との戦いに参加することになりました。

長沙洞撤収作戦は、敵の包囲網からの完璧な撤退作戦として、その後の朝鮮戦争における様々な作戦に影響を与えました。この作戦は、周到な計画、巧妙な偽装、そして迅速な行動が組み合わさった、軍事史に残る奇跡的な作戦として、今もなお語り継がれています。

参考文献

韓国国防軍史研究所 編著 著、翻訳・編集委員会 訳『韓国戦争 第2巻』かや書房、2001年。
佐々木春隆『朝鮮戦争/韓国篇 下巻 漢江線から休戦まで』原書房、1977年。

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