門 (小説)

夏目漱石『門』：罪悪感と救済への道程

夏目漱石による長編小説『門』は、1910年に『朝日新聞』で連載され、翌年に刊行された作品です。『三四郎』『それから』に続く前期三部作の最終章を飾るもので、親友の妻と結婚した主人公・野中宗助の心の葛藤と、その周囲の人々の苦悩を描いています。

物語の概要

宗助は、かつての親友・安井の妻である御米と結婚しますが、その罪悪感から逃れるように、ひっそりと暮らしています。弟の小六の面倒を見ることになり、さらに御米の体調を崩すなど、気苦労が絶えません。やがて、安井の消息が舞い込み、宗助は救いを求めて鎌倉へ参禅の旅に出ます。しかし、悟りを開くことはできず、故郷へと戻ります。安井は満州へ戻り、小六は大家の坂井のもとで書生となることが決まっていました。春を迎えたことを喜ぶ御米に対し、宗助は冬の訪れを予感させる、物悲しい結末を迎えます。

物語の中で重要な役割を果たす「父母未生以前」という公案は、『吾輩は猫である』や『行人』など、漱石の他の作品にも登場し、彼の哲学的な思考の一端を垣間見ることができます。

主要登場人物

野中宗助: 主人公。役所勤めの男性。親友から妻を奪った罪悪感に苛まれ、孤独な日々を送っています。
御米: 宗助の妻。以前は安井の内縁の妻でした。
小六: 宗助の弟。大学生。
安井: 宗助のかつての親友。御米を奪われ、姿を消します。
坂井: 宗助たちの大家。
佐伯: 宗助の伯父。

作品解説：前期三部作の結実と漱石の晩年

『門』は、『三四郎』『それから』と並ぶ前期三部作の最終作であり、漱石の作風を理解する上で重要な作品です。『それから』で描かれた、友人の妻を奪い、社会から逃れるように暮らす夫婦の苦悩が、『門』ではさらに深化し、より内省的な表現となっています。

鎌倉での参禅という重要な場面が、安井の出現という大きな出来事を含まず、静かに幕を閉じている点も特徴的です。これは、執筆当時、漱石が胃潰瘍で入院し、修善寺で重病を患っていたこと、そしてその後の作風に大きな変化をもたらした出来事と関連していると考えられています。

原稿発見秘話

『門』の直筆原稿は、1958年から東京都世田谷区の大東急記念文庫に保管されていましたが、一部の原稿が行方不明となっていました。しかし、2012年に福島県で発見され、全751枚の原稿が揃うこととなりました。出版されたものとは異なるルビの振り方などが見つかり、貴重な資料となりました。

テレビドラマ化

『門』はこれまで2度テレビドラマ化されています。

1973年版（TBS）：『わが愛』: 加藤剛さん、星由里子さんらが出演。ギャラクシー賞を受賞した名作です。脚本は早坂暁氏、音楽は武満徹氏、演出は大山勝美氏と、豪華な制作陣が結集しました。
1993年版（テレビ東京）：『門 -それから』: 風間杜夫さん、有森也実さんらが出演。こちらも早坂暁氏脚本、大山勝美氏監督による作品です。

どちらのドラマも、漱石の原作を丁寧に、そして深く解釈した優れた作品として評価されています。小説とドラマを通して、漱石の描く人間の深淵に触れてみてください。

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