閉じられた庭

閉じられた庭

『閉じられた庭』（フランス語: Le jardin clos）作品106は、フランスの作曲家ガブリエル・フォーレが1914年の夏から秋にかけて作曲した全8曲からなる歌曲集です。ベルギーの象徴派詩人シャルル・ヴァン・レルベルグの詩集『瞥見』（“Entrevisions”、1898年刊）からテクストが採られています。

作曲の背景

この作品は、当時69歳だったフォーレが、1914年7月にドイツの温泉地バート・エムスで耳の治療を受けながら休暇を過ごし、作曲を開始した矢先に生まれました。8月には第一次世界大戦が勃発し、フォーレは帰国に大変な困難を伴いましたが、ジュネーブを経由してフランスへ戻り、その後南フランスのポーへと旅を続けながら作曲を進めました。作品が完成したのは、秋にパリへ戻ってからのことです。このように動乱の中で書かれたにもかかわらず、『閉じられた庭』の音楽は、その苦難の影を一切見せず、飽くまでも明澄で素朴、そして内省的な美しさを湛えています。

初演と出版

全曲の初演は、作曲の翌年である1915年1月28日、コンセール・カゼッラにて行われました。歌唱はクレール・クロワザ、ピアノはフォーレ自身が務めました。楽譜は同年中にデュラン社から出版されています。

音楽的特徴

音楽学者のジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、『閉じられた庭』において明確な調性構造は見出しにくいとしつつも、完全五度（ハ音とト音）を中心軸とし、その中間のホ音が強調される構成を指摘しています。全体のテンポは比較的ゆったりとしていますが、対称をなす第3曲と第7曲は対照的にアレグロの速いテンポで書かれています。特に注目されるのは、最後の第8曲がホ短調である以外、全ての楽曲が長調で書かれている点です。

レルベルグの詩には、女性的な繊細さと同時に、夢幻的な雰囲気が漂います。これは、ベルギー象徴派の画家フェルナン・クノップフの同時代の作品が持つ、荘重で神秘的、そして儚い印象にも通じるものがあります。フォーレは、『瞥見』の中で、象徴主義的な恋愛感情、すなわち、ときめきを含みつつも間接的で漠然としつつ大胆さをも併せ持つ表現法に強く惹きつけられました。ネクトゥーは、フォーレがこれほどまでに原詩の詩的な雰囲気に忠実に寄り添ったことは稀有であると述べています。

いくつかの楽曲には特筆すべき点が見られます。例えば、第4曲「私はお前の心に身を委ねよう」における人間的な優しさの表現は、フォーレの他の作品と比べても異例なほどの優れた特性を示しています。また、第5曲「ニンフの神殿で」では、恋人かあるいはステンドグラスの聖母像か、と解釈される女性の出現を取り巻く神秘的な雰囲気が描かれています。この楽曲は、ゆったりとした和音の連打と詩篇朗唱のようなスタイル、そしてフォーレが最も崇高なインスピレーションを表現する際に用いるとされる変ニ長調の響きによって、この連作歌曲の中でも最も美しい部分の一つと評されています。一方、第2曲「あなたが私の眼に入る時」に見られる大胆な官能性は、ピアノ伴奏部で用いられる効果的な不協和音（七度や長二度）によって印象的に強調されています。

作品全体の韻律は、原詩の自然な朗唱に近づけるため、柔軟な形式と切分音符の多用によって形作られています。和声は、多くの場合澄んだ響きを基調としながらも、控えめな半音階進行や、時には全音音階へ大胆に移行することによって色彩が加えられています。後者の場合、調性が突然移り変わることもあります。

哲学者のウラジミール・ジャンケレヴィッチは、本作の持つ特質を深く分析しています。彼は、調号からフラットが取り除かれていることに言及し、またピアノ伴奏が、初期作品（例えば作品83の「夕暮れ」）に見られた12個の16分音符による密なテクスチャーとは異なり、8つの8分音符による透明で極めて簡素な響きで構成されている点を指摘します。歌声部は「夕暮れ」とほぼ同じ輪郭を描きつつも、音符はよりまばらになっています。ジャンケレヴィッチは、こうした平明な調性、明快な楽想、和声の率直さ、そしてピアノパートの極端な薄さの全てが、この音楽から物質的な重さを取り払い、純粋に精神的な実体へと昇華させているかのように感じられると述べています。その希薄さへの徹底した追求こそが、『閉じられた庭』の最も際立った特徴と言えるでしょう。

楽曲構成

全8曲のタイトルと調性、テンポ指示は以下の通りです。

1. 願いの成就（Exaucement） - アレグレット、ハ長調
2. あなたが私の眼に入る時（Quand tu plonges tes yeux dans mes yeux） - アンダンテ・モデラート、ヘ長調
3. 使いの女（La messagère） - アレグロ、ト長調
4. 私はお前の心に身を委ねよう（Je me poserai sur ton cœur） - アレグレット・モデラート、変ホ長調
5. ニンフの神殿で（Dans la nymphée） - アンダンテ・モルト・モデラート、変ニ長調
6. 薄明かりの中で（Dans la pénombre） - アレグレット・モデラート、ホ長調
7. 私には大切なのです（Il m'est cher, amour, le bandeau） - アレグロ、ヘ長調
8. 砂の上の墓碑銘（Inscription sur le sable） - アンダンテ・クワジ・アダージョ、ホ短調

演奏時間

全曲を通しての演奏時間は約15分です。

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