関東水力電気

関東水力電気：浅野総一郎が築いた電力王国の興亡

関東水力電気は、浅野総一郎によって1919年（大正8年）に設立された電力会社です。当時、東洋一と謳われた佐久発電所を擁し、日本の電力供給に大きく貢献しました。しかし、第二次世界大戦下の国策により、その命運は大きく左右されることになります。

創立の背景：ナイアガラの滝との出会い

浅野総一郎が水力発電に関心を抱いたきっかけは、1896年（明治29年）の渡米時に遡ります。ナイアガラの滝で見た水力発電所に感銘を受けた浅野は、日本でも水力発電事業を展開することを決意します。そして、落差と水量が豊富で、京浜地区への送電に適した群馬県の吾妻川に着目し、水力発電所の建設を計画しました。

1903年（明治36年）には、アメリカ人技師アンドリウスと奥山岩太郎に吾妻川の調査を依頼。その後、奥山をイタリアに派遣し、水力発電技術を研究させました。当時、落差を利用した水力発電においては、イタリアの技術が抜きんでていたためです。また、1906年（明治39年）から1917年（大正6年）にかけて、吾妻川、神流川、利根川などの水利権を取得し、発電所建設に向けた準備を着々と進めていきました。

関東水力電気株式会社の設立と試練

第一次世界大戦による好景気を背景に、1919年（大正8年）10月、浅野総一郎は資本金1700万円で関東水力電気を設立しました。しかし、設立直後に戦後恐慌が発生し、資金調達が困難になります。工事費用が不足したため、一時、東京市への売却も検討されましたが、最終的には、1922年（大正11年）10月に起工式を挙行し、工事を開始しました。

しかし、その後も不況が長引き、1923年（大正12年）9月には関東大震災が発生。震災恐慌により、工事は再び延期を余儀なくされます。それでも、東京電灯との電力供給契約を締結したことで資金繰りが安定し、1925年（大正14年）秋、ようやく本格的な工事が始まりました。

東洋一の佐久発電所建設

浅野八郎（常務取締役）、鶴田勝三（技術部長）、温品麟二（電気課長）らは、最新設備の視察と機械の購入のため渡米。利根川上流の綾戸ダムから取水し、沈砂池を経て約12kmのトンネルで真壁調整池へ導水。そこから約1300mの水圧鉄管を通して佐久発電所に落下させ、発電するという壮大な計画でした。

真壁調整池は、余剰水を貯めてピーク時に発電量を増やす役割を担いました。水圧鉄管には、ウォーターハンマー現象を軽減するため、当時世界一の高さを誇る80mのジョンソン型サージタンクが設置されました。このサージタンクは、アメリカのシカゴブリッジ社が上部のタンク部分を、浅野造船所が下部の脚部を製作したと伝えられています。また、水圧鉄管の組み立てには、当時としては画期的なブルリベッターが用いられました。

延べ130万人もの人々が工事に動員され、多くの犠牲者を出しながらも、1928年（昭和3年）10月、ついに佐久発電所が完成しました。総工費は約2000万円で、当時の群馬県年間予算の2倍以上という巨額なものでした。浅野総一郎は、完成の前年に亡くなった妻「サク」の雅号「佐久」を、発電所の名に冠しました。

経営の安定と発電所の喪失

佐久発電所の稼働後、経営は順調に推移し、高配当を維持。浅野財閥の中でも、浅野セメント、浅野造船所に次ぐ規模を誇りました。しかし、第二次世界大戦が激化すると、電力不足が深刻化。1941年（昭和16年）10月、政府は国策として日本発送電を設立し、佐久発電所も現物出資を余儀なくされました。

これにより、関東水力電気は発電所を失い、日本発送電の株式と子会社関水興業の株式、そして債権を保有するだけの会社となりました。そして、1942年（昭和17年）10月、爆薬製造会社の浅野カーリットと合併し、関東電気興業として新たな道を歩むことになったのです。

その後：カーリットと佐久発電所の現在

関東電気興業は、1945年（昭和20年）に関東電気工業と改称。財閥解体後の1951年（昭和26年）には、日本カーリットに社名を変更しました。日本カーリットは、佐久発電所の買い戻しを政府に陳情しましたが、実現には至りませんでした。しかし、1953年（昭和28年）には、自家用水力発電として広桃発電所を竣工し、関東水力電気の血脈をわずかに残しました。

一方、佐久発電所は、現在も東京電力ホールディングスの発電所として稼働を続けています。浅野総一郎の夢と情熱が込められた佐久発電所は、日本の電力供給を支え続けているのです。

佐久サージタンクと水圧鉄管
関東水力電気株式会社佐久発電所

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