阿賀神社

阿賀神社（太郎坊宮）

滋賀県東近江市の小脇町に鎮座する阿賀神社は、「太郎坊宮」あるいは「太郎坊阿賀神社」の通称で広く知られています。かつては村社とされていましたが、現在では神社本庁の別表神社に名を連ねています。赤神山（太郎坊山）の山上に位置し、古代からの自然崇拝に根差した深い歴史を持っています。

神社の成り立ちと歴史

阿賀神社の信仰の始まりは、本殿前の夫婦岩など、山中に点在する巨大な岩石を磐座（いわくら）として崇める古代の自然崇拝に遡ります。欽明天皇の時代には既に祭祀が行われていたと伝わります。飛鳥時代の推古天皇の頃、具体的には西暦600年頃に、聖徳太子が摂津の四天王寺で使用する瓦を焼くために箕作山に瓦屋寺を建立しましたが、ほぼ同時期に、この箕作山の一峰である赤神山に、天照大御神の孫にあたる正哉吾勝勝速日天忍穂耳命（まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと）をお祀りする社が創建されました。これが阿賀神社の起源とされ、山の名から「阿賀」と称されたといいます。現在の地名である「小脇」は、天照大御神が常に「この脇の子」と慈しみ、大切にしていた孫神、すなわち主祭神がこの地に降り立ったことに由来するという伝説が残されています。

平安時代に入り、延暦18年（799年）には、阿賀神社の神威に感銘を受けた伝教大師最澄が、薬師如来を本尊とする成願寺（じょうがんじ）を神社の麓に創建し、神宮寺（じんぐうじ）としました。この際、修験道の開祖である役行者の兄弟子とされる伝説上の人物、赤神山に住む天狗「太郎坊」が山上に姿を現し、最澄にこの地への堂宇建立を勧め、山の守護神としてその事業を助けたという逸話が伝えられています。太郎坊は弟の次郎坊が京都の愛宕山に住むことから、この山を太郎坊山と呼ぶようになったともいわれています。

阿賀神社と天台宗の成願寺は次第に融合し、神仏習合（しんぶつしゅうごう）の形態をとるようになりました。竹中坊や上坊など50を超える社殿や僧坊が建立され、薬師如来の縁日である毎月八日に市が開かれたことから「八日市」という地名が起こり、その町も発展するなど、地域は隆盛を極めました。成願寺は阿賀神社境内の最も高い場所に奥之院を設け、そこに太郎坊大権現像を祀るようになると、阿賀神社は成願寺の管理下に置かれ、両者を合わせて「太郎坊宮」と呼ばれるようになり、修験道の霊場として知られるようになりました。近江源氏の佐々木氏が麓に館を構え、さらに赤神山の横にある小脇山に城を築いたこともあり、八日市の賑わいと相まって、この地は近江国の中心地として栄えました。佐々木氏の嫡流である六角氏が本拠地を移した後も、当地の重要性は変わりませんでしたが、永禄11年（1568年）、織田信長と六角義賢の戦いに巻き込まれ、太郎坊宮は炎上し、荒廃しました。荒廃した時期には、後に信長を狙撃したとされる杉谷善住坊らが潜伏していたという話も伝わっています。

神仏分離と現代

戦火で焼失した太郎坊宮はほどなく再建されましたが、成願寺の復興は遅れ、江戸時代の寛永17年（1640年）にようやく本堂などが再建されましたが、かつてのような多くの僧坊は復興しませんでした。さらに延宝年間には、成願寺と地元の村人との間で赤神山一帯の入会地（共同利用地）を巡る争いが勃発し、この対立は70年以上に及びました。最終的に村人側が勝訴した結果、阿賀神社の神職は、村の氏子の中から一年ごとに交代で選ばれる「当番神主制」が採用され、阿賀神社は成願寺の管理から離れることになりました。宝暦3年（1753年）、成願寺はそれまで奥之院に祀っていた太郎坊大権現像などを麓の本堂に移して「太郎坊大権現」と称し、阿賀神社は旧成願寺奥之院を新たに本殿として「太郎坊宮」と称するようになりました。これにより、形式的には神仏分離が進みましたが、名称にはまだ「太郎坊宮」が残りました。

明治時代に入り、1868年（明治元年）の神仏分離令によって、阿賀神社と成願寺は完全に分離されました。1872年（明治5年）には修験道が廃止され、1876年（明治9年）には「太郎坊宮」という名称が一時的に使用されなくなり、正式名称が「阿賀神社」となりました。しかし、その後再び「太郎坊宮」は通称として定着していきます。この頃、阿賀神社は村社に列せられました。明治42年（1909年）には近隣の10社の神々を合祀し、大正13年（1924年）には本殿の改築が行われました。太平洋戦争後には、神社本庁の別表神社に加えられています。

交通面では、かつて麓から成願寺境内を経由して阿賀神社へは長い石段の参道しかありませんでしたが、1962年（昭和37年）に陸上自衛隊の協力により、自動車で直接山上の神社まで行ける太郎坊産業道路が開通し、参拝が便利になりました。この道は後に瓦屋寺方面へも延伸されています。現代では、2007年（平成19年）に東近江市が選定した東近江八景の一つに数えられ、2013年（平成25年）には境内の夫婦岩が東近江市の天然記念物に指定されるなど、信仰の場であると同時に地域の景勝地としても親しまれています。

境内と文化財

赤神山の山上に位置する阿賀神社の境内には、歴史を感じさせる建造物や神秘的な巨岩が多く点在しています。特に、本殿の前にそびえる「夫婦岩」は、幅わずか80cm、長さ12mの岩の間を参道が通り抜けるという独特の景観で知られ、神の力で開かれた道であり、悪心を持つ者が通ろうとすると岩に挟まれるという伝説があります。また、この夫婦岩には天狗が住んでいるともいわれています。本殿を含む多くの建造物が国の登録有形文化財に指定されており、主なものとしては宝暦3年（1753年）に再建された本殿（元成願寺奥之院で懸造りの舞台が付随）、大正13年（1924年）建立の参拝所、明治13年（1880年）築の舞台、明治時代中期の授与所や拝殿、神楽殿などがあります。その他、源義経が奥州へ向かう途中に立ち寄り、戦勝を祈願したと伝わる腰掛岩、火防の稲荷社、赤神山稲荷社、赤神山愛宕社など、様々な摂社・末社や信仰の対象が点在しています。近年の施設としては、社務所や休憩所などを備えた参集殿もあります。

祭神と祭事

阿賀神社の主祭神は、開運勝利・商売繁盛・必勝などの神として信仰される正哉吾勝勝速日天忍穂耳命です。相殿には、蛭子大神、天満大神など多くの神々が祀られています。これらの神々に対する信仰は深く、特に勝運や開運を願う人々からの崇敬を集めています。年間を通じて様々な祭事が行われますが、中でも毎年12月の第一日曜日に行われる「お火焚大祭（おひたきたいさい）」は、多くの参拝者で賑わう重要な祭事です。

阿賀神社（太郎坊宮）は、古代からの自然信仰、神仏習合、そして神仏分離を経て、数々の歴史の変遷を見守りながら、今日まで信仰の場として多くの人々に親しまれています。山上の清々しい空気と、神秘的な巨岩が織りなす景観は、参拝者に特別な感動を与えています。

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