陸軍 (映画)

陸軍（1944年の映画）

『陸軍』は、1944年（昭和19年）に公開された木下惠介監督の映画作品です。木下監督が戦時中に手掛けた4作品のうちの最後の作品で、陸軍省の依頼で製作されたプロパガンダ映画という側面を持っています。冒頭には「陸軍省後援　情報局國民映画」という表記があり、太平洋戦争開戦からほぼ3周年にあたる日に公開されました。

概要

原作は火野葦平の同名小説で、幕末から日清・日露戦争、そして満州事変・上海事変に至る約60年間を、ある家族の3代にわたる姿を通して描いています。原作小説は対米英戦争におけるフィリピン攻略戦までを描いていますが、映画では上海事変までが描かれています。

戦意高揚・銃後意識の鼓舞という目的が製作側にはあったものの、細部の描写は時にその目的を逸脱し、特に最後のシークエンスは大きく異なる方向へと展開します。このため、本作は国策映画と呼ぶには難しい側面があり、木下監督は情報局からにらまれ、終戦まで仕事ができない状態になったとされています。この経緯から木下監督は松竹に辞表を提出しており、原恵一監督の映画『はじまりのみち』は、この時期の出来事を基にしています。

最後のシークエンスで、田中絹代演じる母親が出征する息子を追いかける場面は、映画史に残る名シーンとして知られています。

あらすじ

慶応2年、長州藩の奇兵隊に攻め込まれた九州小倉の城下で、質屋「高木屋」を営む友助は、避難の準備に追われていました。そこに、藩士の竹内喜左衛門が傷を負って駆け込んできます。介抱を受けた竹内は、「これからはもっと大きなものに忠義を尽くす時代が来る」と告げ、高木家に水戸光圀の『大日本史』を寄贈し、息子の友之丞に託して戦場へ散ります。

日清戦争後、友之丞は『大日本史』を虫干ししながら、三国干渉の話を聞き、怒りを覚えます。山縣有朋に直談判するため上京しますが、ほどなく危篤の電報が届きます。駆けつけた息子の友彦に、友之丞は山縣から聞いた話として、「天子様が一番苦労しなさっている」と諭し、陸軍士官学校を目指す友彦を応援します。そして、宮城に行っていない友彦を叱りつけ、そこが一番に行くべき場所だと教えます。友彦が宮城から帰ると、友之丞は「軍人になれ」と言い残して亡くなります。

日露戦争には大尉として出征した友彦でしたが、病気のため前線には立てませんでした。その悔しさを戦友の仁科に語り、国家と天皇のために尽くす決意を新たにします。そして、「高木屋」を継ぎます。

10年後、友彦は周囲と衝突しながらも家業に励みます。飛行機の有用性を疑問視する「小松屋」との間で口論となり、取引を解消。妻のわかの賛成を得て、小倉の質屋を畳み、福岡で雑貨商に転業します。夫妻は、生まれたばかりの息子・伸太郎に期待を寄せます。

さらに10年後、伸太郎は大人しく優しい性格に育ちますが、いじめられることもあります。友彦は櫻木製作所の工場で教官の仕事を得ますが、意固地な性格が災いして櫻木と口論になります。その帰り道、伸太郎が川に飛び込む練習をしているのを見て叱りますが、伸太郎は笑顔で飛び込みます。その夜、櫻木は友彦の人柄を評価し、教官として招聘します。一方、伸太郎は教科書を踏んでしまい、わかに叱られます。友彦は伸太郎を連れて飾り山笠を見に行き、そこで櫻木と再会し、明日から働くことを伝えます。

さらに10年後、伸太郎は立派な青年に成長し、陸軍に入営します。友彦夫妻は喜び、わかは「男の子は天子様からの預かりもの、お返しできて良かった」と語ります。櫻木製作所の工員たちは筥崎宮を参拝し、友彦は元寇と神風の話を工員たちに語りますが、櫻木と口論になり絶縁してしまいます。

やがて支那事変が勃発し、情勢は緊迫します。上等兵になった伸太郎が帰宅しますが、同期生が出征していく中、初年兵掛として連隊に残ると言い、友彦は落胆します。伸太郎は、櫻木の息子・常吉と戦友なので、父と櫻木との和解をわかに頼みます。わかは、伸太郎がいつ戦死するかわからない身であることを悟り、友彦に取りなします。

櫻木は上海から戻ってきた仁科から激戦の様子を聞かされ、常吉を心配しますが、仁科に激怒されます。そこに友彦が現れ、和解を申し出ます。三人は和解し、そこにわかから緊急の電話が入り、伸太郎たちにも出征命令が下ったことが伝えられます。友彦は大いに喜び、櫻木と仁科からも祝福されます。

出征前夜、高木家では一家団欒のひとときを過ごします。わかは涙を拭い、友彦は「”五ケ条”に殉じ、自己の名を残すのではなく、ひたすら大君に捧げたてまつらなければならない」と励まします。伸太郎も両親の長寿を願います。

翌朝、わかは泣くから見送りに行かないと言い残しますが、軍隊ラッパの音にいてもたってもいられなくなり、福岡の町中を走り出します。大行進の中で伸太郎を見つけ、視線を交わします。

「父母の慈愛に抱かれて／男子となりて幾年ぞ…」という歌が流れる中、わかは涙ながらに伸太郎の姿を追い続け、ついには伸太郎の真横を一緒に歩き始めます。こうして、大勢の市民による熱狂的な見送りの中、伸太郎は出征していき、歩みを止めたわかは手を合わせて祈りを捧げるのでした。

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