陸軍少尉候補者

陸軍少尉候補者とは

陸軍少尉候補者とは、日本陸軍において、現役の准士官や下士官の中から選抜され、少尉となるための教育を受ける者のことを指します。この制度は、1920年（大正9年）に制度化され、1945年（昭和20年）の太平洋戦争終戦によって廃止されました。少尉候補者は「少候」と略称されることもありました。

沿革

少尉候補者制度に至る経緯

明治時代から大正時代中期にかけて、陸軍の現役少尉は主に陸軍士官学校を卒業した士官候補生によって補充されていました。一般の兵から将校になるには、士官候補生の試験に合格するか、戦時の特例による進級しか道は開かれていませんでした。日清戦争や日露戦争などの戦時においては、予備役将校の投入や士官候補生の採用増で対応していました。

しかし、大正時代に入ると、日露戦争時に大量に採用した士官候補生出身の下級将校の進級が停滞し、予備役編入者が増加するという問題が生じました。また、下士官や准士官には現役将校になる道がないため、士気低下や人材確保の面で支障をきたす懸念がありました。

准尉制度

1917年（大正6年）8月、陸軍は准尉という階級を新設しました。これは特務曹長の上位に位置する士官であり、特務曹長からの昇進制度でした。准尉は各兵科のみの階級で、経理部や衛生部などには置かれませんでした。

准尉制度の制定理由には、士官学校出身者のみで中尉や少尉の要員を充足することの限界と、下士官出身者を昇進させることの利点が挙げられました。しかし、実際には学識や年齢の差から、下士官出身者を少尉とすることには抵抗があり、准尉という階級が設けられたのです。

准尉となるには、実役2年以上の特務曹長の中から選抜試験に合格する必要がありました。准尉候補者は陸軍士官学校で教育を受け、その後、原隊に戻って士官勤務をしながらさらに教育を受け、適格と判断されれば准尉に任官しました。

准尉は少尉と同等の勤務をしましたが、平時は少尉の下位に位置づけられました。戦時には中尉や少尉に進級する可能性がありましたが、基本的には准尉より上の階級には進めませんでした。准尉制度は3年で廃止され、従来の准尉は少尉に任官しました。

少尉候補者制度

1920年（大正9年）8月、陸軍は現役将校の補充教育体系を刷新し、士官候補生だけでなく、現役特務曹長や砲兵科・工兵科の上等工長も少尉に任官できる道を開きました。これが少尉候補者制度です。

少尉候補者は、各兵科（憲兵科を除く）の実役2年以上の特務曹長から、連隊長などに選抜された上で試験に合格した者です。彼らは陸軍士官学校に入校し、士官候補生とは異なる課程で教育を受けました。

また、砲兵科と工兵科の上等工長も、同様の条件を満たせば陸軍工科学校に入校し教育を受けました。憲兵科では、現役憲兵特務曹長が憲兵練習所で教育を受け少尉に任官することが可能となりました。

経理部や衛生部、獣医部においても、同様の制度が設けられ、准士官や下士官から少尉相当官が選抜されました。1924年には、少尉候補者の資格が軍曹にまで拡大され、1927年には年齢制限が設けられました。

少尉候補者の拡大

1937年（昭和12年）2月、准士官の呼称が准尉に改められ、少尉候補者は准尉、曹長、および飛行機操縦術を習得した軍曹の中から選抜されることになりました。また、各部の将校相当官も各部将校と名称が変わり、経理部では「三等主計」が「主計少尉」になるなど階級名も改められました。

1937年10月時点での少尉候補者は、各兵科、航空兵科、砲兵科・工兵科の技術従事者、憲兵科、経理部、衛生部、獣医部において選抜された准尉や下士官であり、それぞれ指定の学校で教育を受けました。

1940年（昭和15年）9月には技術部が創設され、砲兵科と工兵科の技術従事者は技術部に吸収され、技術部少尉候補者として教育を受けることになりました。

少尉候補者制度の終了

1945年（昭和20年）8月、太平洋戦争終結により、少尉候補者制度は自然消滅的に終了しました。少尉に任官したのは第26期まででした。制度の根拠となっていた陸軍補充令は、1946年に廃止され、日本において公式に陸軍少尉は存在しなくなりました。

少尉候補者教育

概説

少尉候補者の修業期間は1年で、毎年12月に入校し翌年11月に卒業しました。彼らは校外に居住し、指定された学校で教育を受けました。卒業後は原隊に戻り、約2ヶ月間、少尉候補者のまま士官勤務を習得しました。その後の銓衡会議で適格と認められると、現役少尉として任官しました。

入校期間は、日中戦争以後の戦況によって短縮されるようになり、最長で2ヶ月まで短縮されました。また、教育施設も当初の学校での集合教育から、各部隊での分散教育に変更されました。

各兵科（憲兵科を除く）

陸軍士官学校では、学科と術科の両面で教育が行われました。学科では、戦術、戦史、軍制、兵器、射撃、築城、地形、交通、航空などを学び、術科では、教練、陣中勤務、射撃、野営、剣術、体操、馬術などを行いました。

1937年（昭和12年）に陸軍士官学校が移転した後、兵科の少尉候補者は陸軍予科士官学校で教育を受けました。1940年には、再び陸軍士官学校で教育を受けることになりました。

1941年（昭和16年）からは、少尉候補者学生を己種学生と呼び、特別志願将校学生を丁種学生と区別して教育を行いました。しかし、1944年（昭和19年）には戦況が悪化したため、修学期間が短縮され、部隊での教育に切り替えられました。

航空兵科

航空兵科の少尉候補者は、当初、陸軍士官学校で教育を受けることになっていましたが、1935年に陸軍航空技術学校で教育を受けることになりました。1937年からは陸軍士官学校分校で、1938年からは陸軍航空士官学校で教育を受けました。

教育内容は、訓育、学科、術科、校外教育で構成され、入校期によって修学期間や内容が異なりました。操縦者には、技量保持のため飛行訓練も割り当てられていました。

1944年には、航空関係の少尉候補者教育は各部隊において行われることになり、陸軍航空士官学校での教育は終了しました。

砲・工兵科の技術従事者、技術部

砲兵科および工兵科の技術従事者である少尉候補者は、陸軍工科学校で教育を受けました。1940年には陸軍兵器学校に改編され、技術部少尉候補者が教育を受けることになりました。

1944年には、陸軍兵器学校での教育は中止され、修学期間が短縮されました。

憲兵科

憲兵科の少尉候補者は、憲兵練習所が改編された陸軍憲兵学校で教育を受けました。憲兵は少人数で各地に分散しているため、最後まで陸軍憲兵学校で一括して学生教育が行われました。

経理部

経理部少尉候補者は、陸軍経理学校で教育を受けました。1942年には小平村に移転し、以後の教育は同地で行われました。1944年には修学期間が短縮され、陸軍経理学校での教育は終了しました。

衛生部・獣医部

衛生部と獣医部の少尉候補者は、それぞれ陸軍軍医学校と陸軍獣医学校で教育を受けました。戦局に応じて修学期間が短縮され、1944年には採用が中止されました。

少尉任官以後

少尉候補者から少尉に任官した者は、士官候補生出身者と同等の現役将校として扱われました。制度上は中尉、大尉、さらに上位への進級も可能でしたが、年齢が高いため進級が遅く、佐官に到達する前に予備役編入となるのが一般的でした。

しかし、日中戦争から太平洋戦争にかけての戦時下では、進級が早まり、終戦時には少佐として大隊長を務める者も多くいました。また、中佐として師団高級副官に任じられた者もいました。

著名な出身者

福田環（中佐、歩兵第23連隊長）
金光恵次郎（大佐、戦死進級）
坂井菴（少佐）
若松幸禧（中佐、戦死進級）
林弥一郎（少佐）
樫出勇（大尉）

まとめ

陸軍少尉候補者制度は、下士官や准士官から将校への道を開き、人材育成に貢献した制度でした。制度の変遷は、当時の社会情勢や軍のニーズを反映しており、興味深いものです。

参考資料

山崎正男編『陸軍士官学校』秋元書房、1990年。ISBN 978-4-7506-0111-3
秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』東京大学出版会、1991年。ISBN 978-4130360609
陸軍航空士官学校史刊行会（代表：白川元春）編『陸軍航空士官学校』1996年。
外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』第一巻 芙蓉書房、1993年。ISBN 4-8295-0125-1
外山操・森松俊夫編著『帝国陸軍編制総覧』第三巻 芙蓉書房、1993年。ISBN 4-8295-0127-8
陸軍省編 『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 大正9年9月1日調』、1920年。（国立国会図書館）
陸軍省編 『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 昭和9年9月1日調』、1934年。（国立国会図書館）
陸軍省編 『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 昭和10年9月1日調』、1935年。（国立国会図書館）
陸軍省編 『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 昭和11年9月1日調』、1936年。（国立国会図書館）
東京青年立志会編 『陸軍現役志願兵：一兵士より下士・将校への立身案内』、1938年。（国立国会図書館）

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