陸軍習志野学校

陸軍習志野学校は、1933年から1945年まで現在の千葉県習志野市に存在した、旧日本陸軍の化学戦に関する研究・教育機関です。この学校は、第一次世界大戦後の新兵器開発競争の中で、化学兵器（毒ガス）の知識普及、使用法、防禦法の研究を目的として設立されました。

概要

第一次世界大戦で多用された新兵器、特に化学兵器の使用は、その非人道性から国際的な批判を浴びました。しかし、各列強は自国の防衛のため、これらの兵器の研究開発を秘密裏に進めていました。日本もその例外ではなく、陸軍習志野学校は、その一環として設立されました。

学校の目的は、「軍事に関する化学の教育並びに調査研究等を行う所」と定められ、毒ガスの知識普及と、その使用・防禦法に関する調査研究が主な任務でした。一般的に「毒ガス学校」とも呼ばれ、毒ガス兵器の開発・実戦機関と思われがちですが、実際は、化学兵種である瓦斯兵に対する毒ガス防禦訓練が中心でした。動物実験は行われていましたが、人体実験が行われたという証拠はありません。

一般的な認識として、習志野で訓練、大久野島で化学物質製造、曽根で兵器への充填、そして大陸（日中戦争）での使用という流れで運用されていたとされています。

歴史

前史

1918年：陸軍省兵器局に臨時毒ガス調査委員会が設置され、毒ガスの研究が開始されました。
1919年：陸軍技術本部内に陸軍科学研究所が新設され、研究が本格化しました。
1922年：欧米で毒ガスを調査した久村種樹砲兵中佐が帰国し、戸山ヶ原の陸軍科学研究所で研究が開始されました。
1924年：毒ガス研究は陸軍科学研究所第3部に移行しました。
1925年：陸軍科学研究所が新築落成し、毒ガス研究は調査、防護、運用、整備の4班体制となりました。
1926年：参謀本部内に毒ガス研究会が設置されました。
1929年：大久野島忠海製造所が稼動し、毒ガスの製造が開始されました。
1932年：陸軍省が毒ガス防護教育の充実を発表しました。
1933年：永田鉄山参謀本部第2部長と小泉親彦陸軍医学校校長が、毒ガス研究を習志野学校で、細菌戦研究を731部隊で行うことを決定しました。化学戦学校が千葉県習志野に設置されることが報道され、正式に陸軍習志野学校と命名されました。

沿革

1933年8月1日：陸軍習志野学校が開校しました。
1934年5月18日：相馬原演習中に事故が発生し、死者が出ました。
1935年：敷地が拡張され、材料厰が増設されました。
1936年2月28日：二・二六事件に出動しました。
1940年9月15日：兵科が廃止されました。
1941年7月：関特演の一部の要員が派遣されました。
1945年8月15日：終戦を迎えました。
1945年8月27日：陸軍習志野学校は閉校しました。

組織

学校は、以下の組織で構成されていました。

本部
教育部
研究部
練習部
練習隊（後に教導隊、教導連隊に拡充）
材料厰

当初は将校と下士官10数名でしたが、1945年には1357名にまで増加しました。

創立時は基礎的な研究・教育が中心でしたが、日中戦争、太平洋戦争の激化と共に、実戦的な訓練が中心となり、教育内容も毒ガス戦の実施訓練に移行しました。それに伴い訓練中や輸送中の事故も頻発しました。

施設

学校の施設は、騎兵第16連隊の移転後の施設を転用し、実験講堂、化学兵器格納庫、ガス訓練室などが建設されました。1935年には敷地が拡張され、後に騎兵第15連隊跡地も校地となりました。戦後、これらの施設は警察署、学校、住宅、保育園などに転用されました。特に中心施設があった騎兵第16連隊跡地には、千葉大学の分院や附属の腐敗研究所が設置されました。

近年、旧日本軍の毒ガス問題が再浮上し、習志野学校跡地にも関心が集まっています。国の調査によれば、習志野学校材料厰地下にイペリット、ルイサイト、青酸などの化学物質を埋設したという証言がありますが、2004年～2005年の調査ではガス成分や不審物は発見されませんでした。現在も近隣の自衛隊習志野駐屯地内で調査が続けられています。

事件

1934年5月18日、群馬県相馬原で実施された日本初の毒ガス演習中に事故が発生し、毒ガスを誤って吸い込んだ兵士が死亡しました。この事故の責任者であった今村均大佐は、真崎甚三郎教育総監の意向で退役処分となる予定でしたが、中島今朝吾校長の尽力により不問に付されました。

1936年2月28日には、二・二六事件鎮圧のため、催涙弾やくしゃみ弾を携行して東京に出動しました。

終焉

1945年の終戦時、学校施設は空襲による被害をほとんど受けていませんでした。しかし、降伏と同時に、校内では文書や設備の破壊・焼却が行われました。米軍による施設接収後、学校幹部は学校史の作成を命じられ、翌年、残された資料とともに米軍に接収されました。後に、関係者によって『陸軍習志野学校』が編纂されました。

当時の証言によると、学校に残されていた毒ガス兵器は、太平洋への海洋投棄や米軍による接収によって処分されたとされています。ただし、一部は学校周辺で処分されたという話もあります。また、日本が研究していた生物兵器や化学兵器の研究成果は、米軍に引き継がれ、朝鮮戦争などで活用されたとされています。

終戦後、銚子沖で漁網にかかった毒ガス兵器による漁民の被害事件が発生しましたが、この毒ガス兵器が習志野学校が海洋投棄したものではないかという説があります。

人事

歴代校長

中島今朝吾少将
谷口元治郎少将
鈴木重康中将
西原貫治少将
青木重誠少将
白銀義方少将
小池龍二少将
山崎武四大佐（後に少将）

歴代幹事

今村均歩兵大佐
西原貫治歩兵大佐
今村勝次歩兵大佐
平田正判少将

研究部

渡辺雅夫歩兵大佐（主事）
宮本清一砲兵中佐（主事）
秋山金正砲兵大佐（主事）

教官

小池龍二歩兵少佐
山脇正男砲兵中佐
白銀義方歩兵大佐
明石泰二郎歩兵大佐
岩本高次歩兵大佐
山崎武四大佐
石崎申之中佐

練習隊長 ⇒ 教導隊長 ⇒ 教導連隊長

鈴木貞治歩兵中佐（練習隊長）
横山（教導連隊長）

学校附

稲田正純砲兵大佐
小池龍二少将

平林巌と習志野原の開拓

終戦後、平林巌は習志野学校の職員・生徒に対して、習志野原を開拓し新農村を建設することを提案しました。彼は、農地開発営団との交渉を経て、習志野原開拓の全権を得ることに成功しました。

その後、全国から入植者が集まりましたが、米軍による開拓地の接収や農地開発営団の解散などにより、習志野学校関係者の影響力は失われました。開拓団は後に帰農組合となり、それが分裂して南北の習志野開拓農業組合となりましたが、1970年代に解散し、習志野開拓の歴史は幕を閉じました。

地域住民への影響

太平洋戦争中、陸軍習志野学校から毒ガスを運搬中に、毒ガスが漏れる事故が発生し、周辺住民が一時的に呼吸困難に陥ったという証言があります。

脚注

注釈

出典

参考文献

『陸軍習志野学校』（1987年）陸軍習志野学校史編纂委員会編
『習志野開拓史』（1954年）平林巌著
『習志野市史第1巻通史編』（1995年）習志野市教育委員会編

関連項目

731部隊
陸軍軍医学校
館山海軍砲術学校
千葉県の軍事拠点・軍事史跡
大久野島の毒ガス製造

外部リンク

* 千葉県の戦争遺跡/陸軍習志野学校 - ウェイバックマシン

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