電気パン

電気パンとは

電気パンは、ジュール加熱を利用した独特な製法で作られるパンです。電気パン焼き器という簡素な構造の器具を用いて、パン種に直接電流を流し、その際に発生するジュール熱でパンを焼き上げます。調理方法としては蒸しパンに近いですが、ここでは便宜上「焼く」という表現を使用します。

原理

電気パンの原理は、水分と食塩などの電解質を含むパン種に直接電流を流すことでジュール熱を発生させるというものです。電流を流し続けると、水分が蒸発し、電気抵抗が大きくなり、最終的には電流が流れなくなります。この時、パンに含まれるデンプンがアルファ化し、食べられる状態になります。つまり、パンが焼き上がると自動的に電気が流れなくなる仕組みです。

材料に含まれる電解質の量や電極間の距離によって、焼き具合や味が変化します。通常のオーブンやホームベーカリーのように、外部からの熱で加熱するのではなく、パン自体が発熱するため、エネルギー効率が良いという利点があります。

ソニーの創業者である井深大は、1945年に東京通信研究所時代にこの原理を利用した電気炊飯器を開発しましたが、市販には至りませんでした。ソニーのサイトでは、「失敗作第1号となった記念すべき商品」として紹介されています。

作家の北杜夫は、戦後直後の発明品として「代用灯」「タバコ巻器」と共に「簡便パン焼き器」を挙げ、「これこそ大発明と呼ぶべきもの」と評しています。また、岩城正夫は「一升瓶の米つき器」「タバコ巻き器」と共に「電気パン焼き」を敗戦直後の三種の神器として挙げています。

歴史

電気パンは、第二次世界大戦後の食糧難の時代に、配給の食用粉を使って作られ、広く普及しました。しかし、数年後にはほとんど姿を消したとされています。

当時の食糧事情は非常に厳しく、小麦粉だけでなく、サツマイモ、大豆、コーリャン、トウモロコシなどの混合物や、芋づる、桑の葉、ヨモギ、ドングリなど、様々なものがパンの材料として使われました。北杜夫は小さく切ったサツマイモを一緒に入れて焼いたと述べており、1946年の議会食堂での食中毒事件では、「ドングリ粉芋蔓などで作られた代用切餅」を「簡易電気製パン器で蒸しパンに作った」とされています。また、「老麺」を用いた「電流パン」の作り方も存在しました。

ベーキングパウダーのメーカーであるアイコクは、自社のベーキングパウダーが電気パンに使用され、軍需物資に指定されたと述べています。

電気パンは、教育機関でも実験教材として取り上げられることがあります。三重大学からは電気パンに関する論文が発表され、大学入試センター試験の物理の問題としても出題されました。

電極式調理機

1934年、阿久津正蔵はパンも炊飯もできる給養車を開発するよう命じられ、電極式調理装置をトラックに実装した九四式炊事自動車を試作しました。1935年には、阿久津によって電極式製パン法が発明されたと報告されています。その後、九七式炊事自動車として実用化され、300台が装備されました。阿久津は、この原理が戦後に広く利用されたことを知り、ソニーの陳列室に電流パン焼き器が展示されているのを見て、盛田昭夫を驚かせたというエピソードがあります。

1958年からは、ミカワ電機製作所の指導により、通電によるパン粉の大規模製造が開始され、現在では冷凍食品向けに広く採用されています。

電気パン焼き器の構造

電気パン焼き器は、非常にシンプルな構造をしています。木材などで枠状の箱を作り、内側の対面する二つの面に金属板を貼り付け、それぞれに電極を繋げます。感電の危険性があるため、自作は推奨されていません。

阿久津正蔵の著書では、断面が台形になっているものが紹介されています。これは、電圧が低い場合に電極板間距離を狭くできるようにするためです。また、中板を付属させることで、パンの大きさを調節できるようになっています。

蓋は必須ではありませんが、熱効率を上げるために付属しているものもあります。教育現場では、牛乳パックが使用されることもあります。最もシンプルな形としては、パン種を電極板で挟んだだけのものもあります。

サイズ

戦後の手作り品は、入手しやすい缶詰の高さが基準となっており、おおよその大きさは長辺100-150mm×短辺70-80mm×深さ70-80mmです。電極板間の距離を変えられるものもあり、距離が長いほど出来上がりに時間がかかり、塩味を強く感じるとされています。

健康被害や感電事故

食品衛生法の規定により、電気パン焼き器の電極には、鉄、アルミニウム、白金、チタン以外の金属を使用することは禁じられています。規格に合わない電気パン焼き器の販売や営業上の使用は禁止されていますが、個人的な使用は禁止されていません。ただし、健康を害する可能性に注意が必要です。

電極板には、磨いた鉄板が推奨されています。ブリキ、ジュラルミン、真鍮、銅などを使用すると、有害物質が溶け出す恐れがあります。実際に、亜鉛引きトタンを用いた電気パンによる中毒事件も発生しています。電極にアルミ箔やステンレス鋼板を使用した場合も、アルミニウムやクロムが溶出する問題があります。

電極板にチタンを使用した場合は、パンにチタンが検出されなかったという報告があります。また、電極板からの金属の溶出を避けるために、備長炭を電極板として使用した例もあります。

感電の危険性も高いため、軍手などの手袋を使用することが推奨されています。

発明者と市販品

電気パン焼き器は、元々、阿久津正蔵が発明したものです。しかし、電極を使ってパンを焼くことは、昭和10年頃から知られていたとされています。

永六輔は、新劇俳優の本郷淳が発明したと述べています。市販品としては、ベークライト製のものや、早川電機工業（シャープ）が製造していたものがあったとされています。ソニーや三菱電機も製造していたという資料も存在します。

呼称

電気パンは、「電流パン」「電極応用パン」「代用パン」など、様々な名称で呼ばれています。石山理化工業株式会社から市販されていた電気パン焼き器は、「粉食利用器」という製品名でした。

電流変化についての考察

電気パンは、時間経過とともにパン種の電気抵抗が大きくなることで加熱されます。通常、電流値は時間の経過とともに減少しますが、ホットケーキミックスをパン種として使用した場合など、デンプンの作用によって電流値が一時的に上昇し、二つのピークを持つ曲線を描くことがあります。

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