静かなる革命

カナダのケベック州では、1960年代に「静かなる革命（Révolution tranquille）」と呼ばれる歴史的な変革期を迎えました。これは、それまでカトリック教会の強い影響下にあり、農村的な要素が色濃く残る保守的な社会であったケベックが、短期間のうちに近代的な産業社会へと変貌を遂げた一連の改革を指します。

概要

1960年の州選挙で、ジャン・ルサージ率いる自由党が長年政権を担ってきたユニオン・ナショナル党を破り、改革の幕が開きました。新政権は、産業、社会福祉、教育といった多岐にわたる分野で抜本的な改革を断行しました。これには、医療保険制度の導入や、労働者の権利を保障する労働基準法の改正などが含まれます。この改革の機運を高める背景として、選挙と同じ年に匿名で出版された書籍『某修道士の無礼講』がベストセラーとなり、当時の超保守的な価値観やケベック社会の後進性を痛烈に批判したことも影響しています。

政治の変化

自由党政権下の改革は、ケベック州民の自己認識を大きく変えました。自らをカナダ国内のフランス系少数派と捉えるのではなく、「ケベコワ」（ケベック人）としての主体的なアイデンティティを持つようになり、これがカナダ連邦全体に対しても州の立場をより強く主張する動きへと繋がりました。ルサージは1887年以降途絶えていた州会議を復活させ、頻繁に開催することで州政府の発言力を高め、連邦政府に揺さぶりをかけるようになりました。

初期の州会議では、連邦政府への対抗姿勢を強め、州の諮問機関を設置する構想などが検討されましたが、実現には至りませんでした。しかし、これらの議論は1964年に憲法改正に関するフルトン・ファブロー方式を連邦政府に提案させるための基盤となりました。残念ながら、州内のナショナリスト勢力の圧力により、ケベック州はこの方式への支持を後に撤回します。この時点では分離独立には至りませんでしたが、1966年の州選挙で再び政権に就いたユニオン・ナショナル党が「二民族連邦国家」の実現を掲げ、連邦からの離脱を示唆し始めました。

1970年までのユニオン・ナショナル政権期には、ケベック問題が国際的な注目を集めるようになります。特に、1967年のモントリオール万国博覧会を訪れたフランスのシャルル・ド・ゴール大統領が発した「自由ケベック万歳！」という言葉は、カナダとフランスの間で外交問題に発展しました。以来、ケベック州の立場は、連邦政府との関係において常に主要な争点であり続けています。

ケベコワとしての自覚とそれに伴うナショナリズムの高まりは、国民独立党（RIN）や国民連合といった政党による独立要求へと繋がりました。また、過激派組織であるケベック解放戦線（FLQ）は労働者の蜂起を呼びかけ、特にモントリオールの英語系住民を標的としたテロ活動を展開し、建物の壁には「自由ケベック万歳」と落書きを残しました。州政府も独自に「外交権」を主張し、パリ、ロンドン、ニューヨークに州事務所を設置したり、フランスと文化協定を結んだりするなど、その権限拡大を図りました。ケベック独自の文化を振興するため文化省（後に文化開発担当省）が新設され、カナダ放送協会（CBC）のフランス語放送網は、英語放送網からほぼ独立した運営体制を確立しました。

こうした動きは、1963年に「二言語・二文化調査委員会」が設置されるきっかけともなりましたが、ケベックの独自性強化を巡る姿勢は、州民や政党内部に亀裂を生み、政界再編をもたらす結果となりました。

経済の近代化

カナダの歴史において、経済構造はしばしば英語話者の方が有利な雇用を得やすい傾向にあり、フランス系カナダ人住民の経済力がイギリス系住民と比較して劣る状況や、ケベック州全体の経済基盤が他の主要州に比べて弱いという課題がありました。こうした認識に基づき、「静かなる革命」期には、社会民主主義と民族主義を基盤とした経済戦略が推進されました。

1962年には、企業誘致や中小企業支援を目的とした金融投資公社（Société générale de financement）が設立されました。鉱山開発や資源関連の公社も生まれ、州北部の開発やモントリオール周辺地域での産業創出、さらには先端技術分野における独自技術の開発が進められました。1963年には、カナダ年金（Canada Pension Plan）と連携する形で、ケベック独自の年金制度であるケベック年金が開始されました。

同年には、民間の水力発電会社が州によって買収・統合され、ハイドロ・ケベック電力公社が誕生しました。この公社は、ケベック州の経済活動の中心となり、産業計画の柱としての役割を担うことになります。水力発電はクリーンエネルギーであり、技術開発を促進し、燃料コスト削減に貢献し、余剰電力をアメリカへ輸出できるといった多くの利点がありました。また、1965年に設立されたケベック貯蓄投資公庫（Caisse de dépôt et placement du Québec）は、ケベック年金や社会保険の積立金を運用する機関であり、ケベック州の中央銀行的な機能も果たしました。この独自の年金計画とそれに紐づく金融機関の設立は、連邦政府との交渉を経て、当時の連邦首相レスター・B・ピアソンの承認によって実現したものです。

金融投資公社とケベック貯蓄投資公庫は、かつてドムタール社の主要株主でしたが、1989年にポール・デズマレー氏がドムタールを買収しようとした際には、連邦政府の消極的な態度により計画が頓挫した出来事もありました。デズマレー家はカナダの政界中枢に強い影響力を持ち、国際的な経済会議との連携も指摘されています。

教育システムの改革

第二次世界大戦後、移民の増加、人口の都市部への集中、そしてより高い教育水準を目指す社会的な流れが加速し、従来の学校教育制度の見直しが喫緊の課題となりました。1951年にカトリック教会によって学校制度改正委員会が設置され、その報告に基づき一部改正が行われましたが、憲法問題審議会の報告なども踏まえ、さらなる大幅な改革勧告が出されました。

自由党政権が誕生すると、教育の抜本的改革のためのパラン審議会が設置され、その勧告を受けて1963年には教育省が創設されました。これにより、それまでカトリック教会が強い権限を持っていた教育システムは世俗化が進み、州政府の管轄へと移行しました。1964年には勧告案が法案として議会を通過し、新しい学校制度が始まりました。教会が運営していた学校は教育委員会の直轄する公立学校となり、宗教の授業は一般の教員にも担当が認められるようになり、宗教に代わって道徳を選択することも可能になりました。また、学校への補助金制度も整備されました。

新しい学校制度は、小学校6年間、中等学校の普通課程5年間を基本とし、その後はセジェップ（Collège d’enseignement général et professionnel）と呼ばれる高等教育機関に進みます。セジェップには、大学の一般教養課程にあたる2年間のプログラムと、中堅技術者を育成する3年間の技術専門課程があり、学生はどちらかを選択します。大学は専門課程のみを提供する形となりました。

ケベック州内の大学へ進学する場合、中等学校の5年課程を修了後、セジェップに2年間通ってから、4年制大学の第2学年に入学するという流れが一般的です。ただし、ケベック州外や海外の大学に進学する場合は、中等学校にさらに1年間通う必要があります。また、私立の中等教育機関では、異なるシステムを採用している場合もあります。

ケベック州のアイデンティティの核であるフランス語の維持・普及も重要な課題でした。1969年にはユニオン・ナショナル党政権により、学校教育におけるフランス語の普及策が打ち出され、1974年には職場での使用言語に関する規制が導入されました。これらの施策は、1977年に採択されたフランス語憲章（通称「101号法」）へと発展していく礎となりました。

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