韓林児

韓林児（生年不詳 - 1366年）は、元王朝末期に勃発した紅巾の乱において、白蓮教勢力に擁立された指導者の一人です。彼は真定府欒城県の出身で、父は白蓮教の指導者であった韓山童です。韓山童は、北宋の徽宗皇帝の末裔を自称し、モンゴル支配からの脱却を目指して信者と共に挙兵を計画しました。しかし、挙兵直前に計画が発覚し、韓山童は処刑されてしまいます。

韓林児は母の楊氏と共に山中に逃れましたが、父の同志である劉福通らは、韓山童の意思を継ぎ、各地で反乱を起こしました。徐寿輝や郭子興といった有力者も挙兵し、白蓮教勢力は一大勢力に成長しました。至正15年（1355年）、劉福通は、隠遁していた韓林児を捜し出し、白蓮教勢力の象徴として擁立しました。

韓林児は、亳州で「小明王」を称し、国号を「大宋」、年号を「龍鳳」と定め、母の楊氏を皇太后としました。これは、元に抑圧された漢民族の支持を得ることを目指したものでした。彼は、各地で反乱を起こしていた紅巾軍・白蓮教徒の名目上の総帥となりましたが、実質的な権力は丞相の劉福通が掌握しており、紅巾軍内部も一枚岩ではありませんでした。陳友諒や郭子興らは独立志向を強め、勢力争いを繰り広げました。

元軍の攻勢を受け、韓林児と劉福通は安豊に逃れますが、龍鳳4年（1358年）、劉福通は北宋の都であった汴梁を攻略し、韓林児を迎え入れて都としました。しかし、龍鳳5年（1359年）、元のチャガン・テムルとボロト・テムルの討伐軍によって都を包囲され、韓林児と劉福通は再び安豊に逃れました。これにより、宋軍の勢威は大きく失墜しました。

龍鳳9年（1363年）、平江路を拠点とする張士誠の軍が勢力を拡大し、張士誠軍の武将である呂珍の攻撃により、劉福通は敗死しました。韓林児は、郭子興の死後、その兵力を受け継いだ呉国公朱元璋に救援を求めました。朱元璋は自ら兵を率いて呂珍を打ち破り、韓林児を徐州に移送しました。龍鳳10年（1364年）、朱元璋は呉王を称し、同じく呉王を名乗る張士誠と対立しました。

龍鳳12年（1366年）、朱元璋は自身の本拠地である応天府へ韓林児を呼び寄せましたが、その途中で船が転覆し、韓林児は溺死しました。一説には、朱元璋の命を受けた部将の廖永忠によって暗殺されたとも言われています。韓林児の死後、朱元璋は白蓮教勢力から離れ、1367年に張士誠を破って江南を統一しました。そして、1368年には応天府で皇帝に即位し、明を建国しました。

韓林児の生涯は、元末の混乱期における白蓮教勢力の動向、そして朱元璋による明王朝の成立を理解する上で重要な鍵となります。彼は、父の遺志を継ぎ、漢民族の復興を掲げましたが、その生涯は動乱に翻弄され、謎の死を遂げました。

小説『倚天屠龍記』では、韓林児は、父が朱元璋の策略によって殺害された後、朱元璋によって川に沈められ、溺死させられたとされています。このフィクションは、韓林児の死が複雑な政治的背景を持ち、朱元璋の野心が絡んでいたことを示唆しています。


参考文献

『東洋歴史大辞典 上巻』（1941年、縮刷復刻版、臨川書店、ISBN 4653014701）「韓林兒」（執筆：荒井善男）
『アジア歴史事典 2』（平凡社、1984年）329ページ「韓林児」（執筆：萩原淳平）
* 『明史』巻122 列伝第十

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