音楽へのセレナード

音楽へのセレナード：シェイクスピアと天球の音楽が奏でるハーモニー

レイフ・ヴォーン・ウィリアムズが1938年に作曲した『音楽へのセレナード (Serenade to Music)』は、16人の独唱者と管弦楽のための作品として知られています。この楽曲は、指揮者ヘンリー・ウッドの50周年記念コンサートを祝うために作曲されました。シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』からのテキストを巧みに用い、天球の音楽を思わせる壮麗な響きが特徴です。

シェイクスピアからのインスピレーションと16人の歌声

歌詞は、『ヴェニスの商人』第5幕第1場における音楽に関する議論と天球の音楽から引用されています。ヴォーン・ウィリアムズは、シェイクスピアの言葉をそのまま使うのではなく、単語やフレーズを厳選し、再構成することで、音楽の織りなすハーモニーと完璧に調和する詩的なテキストを作り上げました。16人の独唱者は、当時イギリスで活躍していた一流歌手の中から、ウッドと作曲者自身によって選ばれました。楽曲は、複数の歌手が同時に歌う重唱（時に12声部にも及ぶ）と、それぞれの歌手に割り当てられたソロパートが絶妙に配置され、複雑ながらも美しい音楽的構造を形成しています。楽譜には各歌手のイニシャルが記されており、まるで個々の歌声にスポットライトが当たるかのような、親密な演奏が想定されています。

華々しい初演と感動的なエピソード

1938年10月5日、ロイヤル・アルバート・ホールで行われたウッドの50周年記念コンサートで『音楽へのセレナード』は初演されました。ロンドン交響楽団、BBC交響楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の精鋭メンバーから編成されたオーケストラと、16人の輝かしい歌声は、聴衆を魅了しました。当日の演奏会では、ラフマニノフが自作のピアノ協奏曲第2番を演奏しており、プログラム後半に『音楽へのセレナード』を聴いたラフマニノフは、その美しさに涙を流したという逸話も伝えられています。

録音と慈善活動への貢献

初演からわずか10日後の1938年10月15日には、初演と同じメンバーによってHMVへの初録音が実現しました。ヴォーン・ウィリアムズとHMVは、この楽曲の最初の売り上げから得られた著作権料を、ヘンリー・ウッド50周年基金へ寄付しました。この基金は、イギリスの管弦楽団員のためのロンドンの病院のベッド寄贈を目的としていました。音楽を通じて社会貢献を行うという、作曲家の温かい思いが感じられるエピソードです。

様々な編曲と演奏形態

ヴォーン・ウィリアムズは、将来16人の独唱者を揃えることが困難になることを予測し、4人の独唱者と合唱、管弦楽のための編曲、さらに管弦楽のみの編曲も作成しました。これらの編曲は、楽曲の幅広い演奏可能性を広げ、現在も世界中のオーケストラや合唱団によって演奏されています。ウッドは1940年に管弦楽版の初演を受け持っています。

楽曲構成とシェイクスピアの言葉

楽曲は、シェイクスピアのテキストに基づいて構成されていますが、ヴォーン・ウィリアムズは言葉の順序を維持しつつも、単語やフレーズ、行単位での削除や繰り返しを行い、音楽と完璧に調和したテキストを作り上げました。その結果、静謐な夜空の下で音楽が奏でられる様子が、生き生きと描写されています。

録音史と現代への影響

『音楽へのセレナード』は、数々の著名な指揮者によって録音されており、その演奏は世界中に広く知られています。また、2010年のロックバンド・ブラーを追ったドキュメンタリー映画『No Distance Left to Run』でも、印象的に使用されており、現代においても、その美しい旋律は多くの人々の心に響き続けています。

楽器編成

フルート2（2ndはピッコロ持ち替え）、オーボエ、コーラングレ、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、打楽器、ハープ、弦五部

演奏時間

約13分

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