飯村隆彦

飯村隆彦：実験映画の先駆者

飯村隆彦（いいむら たかひこ、1937年2月20日 - 2022年7月31日）は、日本の実験映画を黎明期から牽引した重要な映画作家です。映像作家としての活動に加え、教育者としても後進の育成に尽力しました。

生涯と活動

東京都に生まれた飯村は、慶應義塾高等学校時代にダダイスム詩に触れ、自らも詩作を行うなど、芸術への関心を深めました。1959年に慶應義塾大学法学部を卒業後、日映新社でPR映画の助監督として映像制作の現場を経験しました。1962年、8ミリ映画の映画詩『くず』で注目を集め、実験映画・個人映画作家としてのキャリアをスタートさせました。赤瀬川原平、荒川修作、篠原有司男、中西夏之といった美術家たちと交流を深めながら、暗黒舞踏の土方巽らの協力を得て、『あんま』(1963年)、『バラ色ダンス』(1965年)などの前衛的な作品を制作しました。

1964年には、石崎浩一郎、大林宣彦、高林陽一、金坂健二、佐藤重臣、ドナルド・リチー、足立正生らとともに実験映画製作上映グループ「フィルム・アンデパンダン」を結成し、日本の個人映画史における最初の実験映画祭を開催しました。また、1964年の『ONAN』(音楽:刀根康尚)でブリュッセル国際実験映画祭特別賞を受賞し、国際的な評価を獲得しました。1965年には、実験映画『AI（ラブ）』(音楽:オノ・ヨーコ)が、ニューヨークの実験映画作家ジョナス・メカスから「詩的で体の官能的な冒険」と評され、その芸術性が広く認知されました。

1969年からはビデオアートの制作にも取り組み、1974年にはニューヨーク近代美術館、1979年にはホイットニー美術館で個展を開催し、ニューヨークを拠点に活動しました。教育者としては、1991年から2001年まで名古屋造形芸術大学造形芸術学部教授を、2001年からは東京工芸大学メディアアート表現学科教授を務め、多くの学生を指導しました。2022年7月31日、誤嚥性肺炎により逝去しました。

作風と評価

飯村の作品は、既成概念にとらわれない実験精神と、醜とされてきたものの中に美を見出す独特の視点が特徴です。大林宣彦は、飯村について「美しいものを撮るのが当たり前だった時代に、汚いものを撮り、そこに美を発見しようとした」と評しています。例えば、夢の島のゴミを撮影した『クズ』や、自身の精液を絵具と混ぜて溶ける様子を捉えた映像作品などは、当時のアート界ではタブーとされていた素材やテーマを扱い、大きな反響を呼びました。

代表作の一つである『ONAN』の上映では、フィルムに穴を開け、その光を観客に見せるという実験的な試みを行い、観客から反発を受けつつも、その斬新なアイデアは注目を集めました。飯村自身は、観客に対して「映画を見る権利があるように、見ない権利もある」という言葉を残し、自己の芸術に対する確固たる信念を表明しました。

受賞歴

飯村は、国内外の多くの映画祭で受賞歴があります。主なものとして、ブリュッセル国際実験映画祭特別賞(1964年)、エジソン国際映画祭グランプリ(1986年)、ラフ・アンド・ルインド国際映画祭グランプリ(1997年)、ニューヨークEXPO映画祭受賞(2001年)、文化庁メディア芸術祭功労賞(2015年度)などが挙げられます。

著作

飯村は、映像作品だけでなく、多くの著書も発表しています。『芸術と非芸術の間』(1970年)、『ペーパー・フィルム』(1970年)、『Yoko Ono オノ・ヨーコ人と作品』(1985年)、『映像実験のために テクスト・コンセプト・パフォーマンス』(1986年)、『’80年代芸術・フィールド・ノート ニューヨークの映像、美術、パフォーマンス』(1988年)など、理論的な考察や自身の活動を記録した著作は、後進の研究者やアーティストにとって重要な資料となっています。

飯村隆彦が遺したもの

飯村隆彦は、実験映画の先駆者として、映像表現の可能性を追求し、数々の革新的な作品を生み出しました。その前衛的な姿勢は、後の世代のアーティストに多大な影響を与え、日本のアートシーンに大きな足跡を残しました。

彼の作品は、今なお多くの人々に鑑賞され、その芸術性は高く評価され続けています。

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