中西夏之

中西夏之：前衛美術の軌跡と、身体と空間の詩情

中西夏之（1935-2016）は、20世紀後半の日本美術史において重要な役割を担った前衛美術家、現代美術家です。東京藝術大学名誉教授、女子美術大学客員教授、倉敷芸術科学大学教授などを歴任し、美学校の設立にも尽力しました。その活動は、絵画にとどまらず、ハプニング、舞台美術、インスタレーションと多岐に渡り、常に実験的で独創的な表現を追求し続けました。

早期活動と「山手線事件」

1935年東京生まれの中西は、東京藝術大学絵画科油画専攻を卒業後、1959年にはシェル美術賞佳作を受賞します。在学中は高松次郎、工藤哲巳、磯辺行久らと交流し、卒業後は、高松次郎、川仁宏らと共に過激なハプニング集団として知られる「山手線事件」を起こします。卵型のオブジェを山手線の車内やホームに仕掛け、日常空間への介入を試みました。1963年には第15回読売アンデパンダン展に代表作となる《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》を出品、その後の活動の基盤を築きます。同年、高松次郎、赤瀬川原平と共に「ハイレッド・センター」を結成し、銀座の街頭や画廊で、社会や日常への鋭い批判と問いかけを表現しました。

舞踏との出会い、舞台美術への展開

1960年代には、舞踏家・土方巽と深く交流し、土方巽の周辺に集う瀧口修造や澁澤龍彦らとも親交を深めました。土方巽の暗黒舞踏公演『バラ色ダンス〜澁澤さんの家の方へ』（1965年）、『土方巽と日本人—肉体の叛乱』（1968年）などの舞台美術・装置を手がけ、笠井叡や山海塾など、多様な表現者とのコラボレーションも行いました。さらに、国際的な舞台にも進出し、フランス・リヨン国立歌劇場でのオペラ作品『三人姉妹』（1998年）、『更級夫人』（2008年）の舞台美術も担当するなど、その活動は国内外に広がっていきました。

絵画表現の展開とインスタレーション

初期には、砂を用いた絵画《韻》や、廃品を溶接した《内触覚儀》、アクリル樹脂で日常物を封じ込めたコンパクトオブジェなど、物質性を重視した作品を制作しました。1960年代後半からは絵画制作を本格化させ、幾何学的な形状と身体性を融合させた《正三角儀》や《山頂の石蹴り》などを制作します。1970年代以降は、白、紫、黄緑などの色彩を基調とした油彩の平面作品を発表。作家と現実空間との緊張関係を主題にした、思考性の高い作品を数多く生み出しました。1995年の神奈川県立近代美術館での個展以降は、「着陸と着水」シリーズなどのインスタレーション作品も制作しました。画面を覆う筆触から色面へと表現は変化を続け、晩年は、より静謐で、空間との対話を促すような作品へと展開していきました。

中西夏之の作品に見る、身体と空間の詩情

中西夏之の作品は、常に身体性と空間性を強く意識した表現に特徴があります。初期のハプニングから、幾何学的な絵画、そしてインスタレーションに至るまで、彼の作品は、観客を巻き込み、現実空間と対峙することを促します。それは、単なる視覚的な鑑賞にとどまらず、身体感覚や思考を刺激し、現実世界への問いを投げかける、体験的なものとなっています。彼の作品世界は、幾何学的な形状や色彩の組み合わせの中に、人間の身体や精神、そして現実空間との複雑な関係を繊細に表現していると言えるでしょう。

主な作品

「コンパクト・オブジェ」（1959年）国立国際美術館
「韻」（1960年）東京国立近代美術館他
「エマンディタシオン」（1968年）板橋区立美術館
「l字型‐左右の停止‐」（1986年）練馬区立美術館
「2・1・2・3柵型四群一瞥と擦れ違い」（1993年）東京ミッドタウン内
* 「汐留のための『4ツの月』」（2002年）電通本社ビル内

中西夏之の生涯と作品は、前衛美術の激動期を生き抜き、常に新しい表現を探求し続けた、現代美術史に輝く一人の芸術家の軌跡を示しています。彼の作品は、現代社会における芸術のあり方、そして人間の存在について、今もなお多くの問いかけを私たちに投げかけています。

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