高木徳子
高木徳子（たかぎとくこ、旧姓は永井）は、明治の終わりから大正時代にかけて活躍した日本のダンサーです。1891年2月15日に東京で生まれ、1919年3月30日にわずか28歳で世を去りました。大正年間に一大文化現象となった「浅草オペラ」の隆盛期において、特にアメリカで学んだダンススタイルを持ち込み、その草分けとして重要な役割を果たしたことで知られています。また、日本で初めてトウシューズを履いて舞台に立ったダンサーとしても、その名を歴史に刻んでいます。
永井徳子として東京・神田で生まれた彼女は、旧幕臣で印刷局の技師を務めていた永井胆一の娘でした。神田高等女学校を中退後、15歳で高木陳平と結婚し、継母たちの勧めもあって1906年末に夫と共にアメリカ合衆国へ渡ります。渡米当初は、夫は料理人、徳子はメイドとして生計を立てていましたが、やがてシアトル周辺の日系人コミュニティに関わり、日本庭園や茶店、雑貨販売などを手伝うようになります。その後、ピッツバーグで日本人経営のホテルに勤めたり、ボストン近郊で日本雑貨店を開いたりと様々な仕事を経験しますが、商売がうまくいかなかったことや下働きを嫌ったことから、芸人になることを決意します。ボストンの劇場で夫婦で手品を披露することから始まり、手配師の世話でカナダ遠征も経験。旅芸人として各地を巡業する中で、自身の歌唱力を活かし、外国人同業者から歌を学びました。ニューヨークに戻った後、本格的に歌の勉強を始めますが、生活のために再びアメリカ各地を巡業します。
転機となったのは、ニューヨークで音楽家の高折周一と出会ったことです。高折にダンスを勧められた徳子は、ダンスを学び始め、アメリカのショービジネスの魅力に目覚めます。ポルトガル人からダンス、イタリア人からパントマイムを習得し、さらにはインド人の舞踏一座に加わるなど、多様な表現方法を吸収していきました。ピッツバーグの茶商で働きながらも、ニューヨーク郊外の映画会社と夫婦で契約し、役者としても活動します。その後、夫の陳平は役者を辞めて徳子のマネージャーのような役割を担うようになりました。活動の場はヨーロッパにも広がり、ロンドンでは複数の劇場に出演して好評を博します。ロシアからも招かれ公演を開始しますが、1914年の第一次世界大戦勃発により、約8年ぶりに日本への帰国を余儀なくされました。
日本に帰国後、1915年2月1日に帝国劇場で国内デビューを果たします。この時のイタリア人振付家ローシーの演出によるローシー夫人との共演舞台は大きな喝采を浴びましたが、表現者としてはローシーと徳子の間には見解の違いもあったようです。同年4月、ピアニスト沢田柳吉の紹介で演出家・劇作家の伊庭孝と出会い、活動を共にすることになります。同年11月には自身のダンススクールを設立し、後進の指導にもあたりました。この頃、夫である高木陳平との関係が悪化し、彼の暴力に耐えかねて自殺未遂を図り、別居、離婚を求める訴訟を起こしています。
1916年、伊庭孝の勧めを受けて、彼と共に「世界的バラエチー一座」を旗揚げします。同年5月27日から浅草公園六区にあったキネマ倶楽部で昼夜連続公演を行い、これが後の「浅草オペラ」の嚆矢（始まり）とされています。同年7月に一座は解散しますが、9月には伊庭、弟子たち、元帝劇洋楽部の一部メンバーらと新たな劇団「歌舞劇協会」を結成し、活動を続けました。この「歌舞劇協会」が、翌1917年1月22日、浅草六区の常磐座でオペラ『女軍出征』を上演し、これが空前の大ヒットとなります。この成功により、「ペラゴロ」と呼ばれる熱狂的なファン層が生まれ、「浅草オペラの時代」が幕を開けたとされるのです。リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』や、1918年にはビゼーの『カルメン』で舞踏家の石井漠との共演も果たすなど、浅草オペラの中心人物として活躍しました。
順調にキャリアを築いているかに見えましたが、私生活では困難が続きました。1919年1月から松竹の専属女優となりますが、そこに至るまでに夫の陳平や活動を共にした伊庭孝との別れがありました。松竹との専属契約は、夫との離婚を成立させるための資金を前借りするという側面もあったとされます。1918年に高木陳平との離婚が成立し、芸名も旧姓に戻して「永井徳子」となりました。松竹に買収された形の「歌舞劇協会」は、京都や大阪で公演を行いますが、大阪での公演中に徳子と伊庭が意見を衝突させ、伊庭は帰京し、そのまま一座は実質的に分裂状態となります。また、松竹も本契約の締結を延期するなど、彼女を取り巻く状況は不安定でした。
この頃、1917年末から「歌舞劇協会」の興行師として関わっていた嘉納健治との関係が深まります。嘉納は神戸を拠点とするヤクザでしたが、旧家出身で財力もあり、風変わりな興行を手がける一方、テロへの関与なども取り沙汰される人物でした。一座は1918年に再結集しますが、伊庭は合流しませんでした。松竹との本契約も成立し、1919年に九州巡業に出ますが、巡業中に徳子の体調が急変します。当時の新聞報道では、福岡県飯塚町の劇場で発作を起こしたと報じられたものの、地元紙では移動中に問題はなかったとも伝えられています。3月23日、大牟田市の病院に入院。度重なるヒステリー発作が心臓に負担をかけ、心臓病を併発していた彼女は、3月30日朝に帰らぬ人となりました。享年28歳という早すぎる死でした。
その死については、興行の不入りによる借金や一座内の不和、嘉納健治との関係など、様々な要因が指摘されています。特に嘉納による精神的・肉体的暴力が原因とする説もあり、医学的な裏付けはないとされながらも、二人の出会いが不幸であったという人々の記憶の中で語り継がれています。徳子の遺体は、台東区谷中の妙円寺に葬られました。彼女の死後、元夫の高木陳平は、徳子の生涯を綴った手記を出版しています。
短い生涯ではありましたが、高木徳子の功績は日本のダンス史、そして大衆演劇である浅草オペラの歴史において非常に大きなものです。彼女のダンススクールや一座からは、後の「根岸大歌劇団」でスターとなった堺千代子や、松竹蒲田撮影所の女優となった梅村蓉子、河合澄子など、多くの才能ある弟子たちが育っていきました。堺千代子は、師である徳子の墓を建立するなど、その功績を後世に伝えています。高木徳子は、日本の近代ダンスの扉を開き、大衆が熱狂する新しい舞台芸術の基礎を築いた革新者として、今も記憶されています。
永井徳子として東京・神田で生まれた彼女は、旧幕臣で印刷局の技師を務めていた永井胆一の娘でした。神田高等女学校を中退後、15歳で高木陳平と結婚し、継母たちの勧めもあって1906年末に夫と共にアメリカ合衆国へ渡ります。渡米当初は、夫は料理人、徳子はメイドとして生計を立てていましたが、やがてシアトル周辺の日系人コミュニティに関わり、日本庭園や茶店、雑貨販売などを手伝うようになります。その後、ピッツバーグで日本人経営のホテルに勤めたり、ボストン近郊で日本雑貨店を開いたりと様々な仕事を経験しますが、商売がうまくいかなかったことや下働きを嫌ったことから、芸人になることを決意します。ボストンの劇場で夫婦で手品を披露することから始まり、手配師の世話でカナダ遠征も経験。旅芸人として各地を巡業する中で、自身の歌唱力を活かし、外国人同業者から歌を学びました。ニューヨークに戻った後、本格的に歌の勉強を始めますが、生活のために再びアメリカ各地を巡業します。
転機となったのは、ニューヨークで音楽家の高折周一と出会ったことです。高折にダンスを勧められた徳子は、ダンスを学び始め、アメリカのショービジネスの魅力に目覚めます。ポルトガル人からダンス、イタリア人からパントマイムを習得し、さらにはインド人の舞踏一座に加わるなど、多様な表現方法を吸収していきました。ピッツバーグの茶商で働きながらも、ニューヨーク郊外の映画会社と夫婦で契約し、役者としても活動します。その後、夫の陳平は役者を辞めて徳子のマネージャーのような役割を担うようになりました。活動の場はヨーロッパにも広がり、ロンドンでは複数の劇場に出演して好評を博します。ロシアからも招かれ公演を開始しますが、1914年の第一次世界大戦勃発により、約8年ぶりに日本への帰国を余儀なくされました。
日本に帰国後、1915年2月1日に帝国劇場で国内デビューを果たします。この時のイタリア人振付家ローシーの演出によるローシー夫人との共演舞台は大きな喝采を浴びましたが、表現者としてはローシーと徳子の間には見解の違いもあったようです。同年4月、ピアニスト沢田柳吉の紹介で演出家・劇作家の伊庭孝と出会い、活動を共にすることになります。同年11月には自身のダンススクールを設立し、後進の指導にもあたりました。この頃、夫である高木陳平との関係が悪化し、彼の暴力に耐えかねて自殺未遂を図り、別居、離婚を求める訴訟を起こしています。
1916年、伊庭孝の勧めを受けて、彼と共に「世界的バラエチー一座」を旗揚げします。同年5月27日から浅草公園六区にあったキネマ倶楽部で昼夜連続公演を行い、これが後の「浅草オペラ」の嚆矢（始まり）とされています。同年7月に一座は解散しますが、9月には伊庭、弟子たち、元帝劇洋楽部の一部メンバーらと新たな劇団「歌舞劇協会」を結成し、活動を続けました。この「歌舞劇協会」が、翌1917年1月22日、浅草六区の常磐座でオペラ『女軍出征』を上演し、これが空前の大ヒットとなります。この成功により、「ペラゴロ」と呼ばれる熱狂的なファン層が生まれ、「浅草オペラの時代」が幕を開けたとされるのです。リヒャルト・シュトラウスの『サロメ』や、1918年にはビゼーの『カルメン』で舞踏家の石井漠との共演も果たすなど、浅草オペラの中心人物として活躍しました。
順調にキャリアを築いているかに見えましたが、私生活では困難が続きました。1919年1月から松竹の専属女優となりますが、そこに至るまでに夫の陳平や活動を共にした伊庭孝との別れがありました。松竹との専属契約は、夫との離婚を成立させるための資金を前借りするという側面もあったとされます。1918年に高木陳平との離婚が成立し、芸名も旧姓に戻して「永井徳子」となりました。松竹に買収された形の「歌舞劇協会」は、京都や大阪で公演を行いますが、大阪での公演中に徳子と伊庭が意見を衝突させ、伊庭は帰京し、そのまま一座は実質的に分裂状態となります。また、松竹も本契約の締結を延期するなど、彼女を取り巻く状況は不安定でした。
この頃、1917年末から「歌舞劇協会」の興行師として関わっていた嘉納健治との関係が深まります。嘉納は神戸を拠点とするヤクザでしたが、旧家出身で財力もあり、風変わりな興行を手がける一方、テロへの関与なども取り沙汰される人物でした。一座は1918年に再結集しますが、伊庭は合流しませんでした。松竹との本契約も成立し、1919年に九州巡業に出ますが、巡業中に徳子の体調が急変します。当時の新聞報道では、福岡県飯塚町の劇場で発作を起こしたと報じられたものの、地元紙では移動中に問題はなかったとも伝えられています。3月23日、大牟田市の病院に入院。度重なるヒステリー発作が心臓に負担をかけ、心臓病を併発していた彼女は、3月30日朝に帰らぬ人となりました。享年28歳という早すぎる死でした。
その死については、興行の不入りによる借金や一座内の不和、嘉納健治との関係など、様々な要因が指摘されています。特に嘉納による精神的・肉体的暴力が原因とする説もあり、医学的な裏付けはないとされながらも、二人の出会いが不幸であったという人々の記憶の中で語り継がれています。徳子の遺体は、台東区谷中の妙円寺に葬られました。彼女の死後、元夫の高木陳平は、徳子の生涯を綴った手記を出版しています。
短い生涯ではありましたが、高木徳子の功績は日本のダンス史、そして大衆演劇である浅草オペラの歴史において非常に大きなものです。彼女のダンススクールや一座からは、後の「根岸大歌劇団」でスターとなった堺千代子や、松竹蒲田撮影所の女優となった梅村蓉子、河合澄子など、多くの才能ある弟子たちが育っていきました。堺千代子は、師である徳子の墓を建立するなど、その功績を後世に伝えています。高木徳子は、日本の近代ダンスの扉を開き、大衆が熱狂する新しい舞台芸術の基礎を築いた革新者として、今も記憶されています。
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