高杉雅子

弘化2年（1845年）に長州藩士井上平右衛門の次女として生まれ、大正11年（1922年）11月に没した高杉雅子は、幕末から大正にかけての激動の時代を生きた女性であり、稀代の革命家として知られる高杉晋作の妻である。生まれ育った萩城下では、並ぶ者がないと評されるほどの美貌の持ち主であったという。

生涯

結婚

井上家は高杉家と同じ八組の家格を有し、父・平右衛門は山口町奉行を務めるなど、家禄250石と高杉家よりも禄高の高い家柄であった。晋作は当初、30歳までは結婚しないと考えていたが、周囲は予測不能な行動を取りがちな彼に家庭を持たせることで落ち着きを持たせようと、縁談を積極的に勧めていた。一方、萩城下一の美人として多くの縁談が持ち込まれていた雅子に対し、親戚は候補を3人に絞り込み、叔父が籤を引かせたところ、晋作の名を引き当てたという逸話が伝わる。この結果に叔父は類まれな良縁であると喜び、一方兄からは冗談めかしてからかわれたと伝えられている。万延元年1月18日（新暦1860年2月9日）、数え年16歳であった雅子は、22歳の晋作の元へ嫁いだ。媒酌人は藩士の佐伯源左衛門が務めた。元治元年（1864年）10月には、長男となる梅之進（後の東一）が誕生した。

激動の時勢

結婚に際し、姑であるミチからは、晋作が気短な性格であることを覚悟しておくよう諭されたという。しかし、雅子は晋作から一度も叱られたことはなく、むしろ優しく接せられたと後に述懐している。激動の時勢の中、晋作が家にいる時間は極めて少なかったが、雅子宛てに多くの手紙を送った。そこには、高価な帯や反物といった贈り物をしたことの報告に加え、立派な武士の妻としてふさわしい教養を身につけ、日々精進するよう促す細やかな指導も記されていた。その中には、晋作の達筆すぎて雅子には読み解けない箇所もあったという。

晋作挙兵後の波乱

晋作が功山寺挙兵後、一時四国へ亡命していた頃、下関の芸妓であった「おうの」を伴っていた。晋作は萩の家族に対し、これは敵の目を欺くための偽装であると説明していたとされる。慶応2年（1866年）2月、第二次長州征伐を迎え撃つ準備に奔走していた晋作は、自らの強い希望により正式に下関勤務となる。これを受け、晋作の身の回りの世話をするため、雅子は当時2歳であった息子の梅之進と姑のミチを伴って下関へ移り住んだ。しかし、晋作はおうのと共に暮らしていた入江和作邸におり、妻と妾が鉢合わせする状況にひどく困惑したという。晋作は旧知の木戸孝允に窮状を訴え、藩命という形式で長崎へ旅立つことでこの場をしのいだ。雅子たちはその後、白石正一郎邸に預けられた後、4月には萩へと戻ることになった。後日、晋作からは雅子に対し、謝罪の言葉を綴った長文の手紙と共に贈り物が届けられたという。

夫の病と死

慶応2年8月1日（新暦9月9日）、小倉城が炎上する頃、晋作は喀血し、持病であった肺結核が悪化して病床に伏すこととなった。同年10月には、おうのと共に下関の東行庵に移り、療養を続けた。晋作の病状が重篤になると、その最期を看取るため、医者の手配により萩の家族が下関へ呼び寄せられた。この時、歌人であり尼僧でもあった野村望東尼が、晋作を挟んだ妻と妾の間を取り持ったとされる。それまで晋作を懸命に看病していたおうのは下がり、代わって雅子が夫の看護にあたった。そして慶応3年（1867年）4月13日深夜、晋作は短い生涯を終えた。雅子と晋作の結婚生活は約7年余りであったが、激動の時代ゆえに実際に夫婦として共に過ごした期間は、合計してもわずか1年半程度であったという。

晋作死後

晋作の死後、雅子は息子や高杉家の両親と共に、晋作が生前に山口城下茶臼山（現在の山口市白石）に準備していた屋敷へと移り住んだ。明治10年（1877年）には、一人息子である東一の教育のため、一家で上京した。しかし、その一人息子である東一は、大正2年（1913年）に母に先立ってこの世を去るという悲運に見舞われた。

晩年

夫・晋作の没後50年が経過した頃、雑誌『日本及日本人』の取材を受けた雅子は、晋作が若くして世を去り、また在宅することも稀であったため、共に過ごした時間は極めて短く、特別な記憶として語れることはほとんどない、と静かに述懐したという。

大正11年（1922年）11月、雅子は東京市麻布にて、78歳でその生涯を閉じた。激動の幕末を夫とともに生き、その死後は長く穏やかな時間を過ごした女性であった。

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