高白斎記

『高白斎記』（こうはくさいき）は、戦国時代の甲斐武田氏に関する記録史料であり、武田氏の用務日誌などを基に成立したと推測される日記です。別名として『甲陽日記』や『高白斎日記』とも呼ばれています。

成立と内容

『高白斎記』は、『勝山記』や『塩山向嶽庵小年代記』と並び、武田氏研究において重要な史料の一つとされています。記録は、明応7年（1498年）の武田信虎誕生から始まり、天文22年（1553年）の武田義信の祝儀まで、約56年間にわたる出来事を網羅しています。しかし、原本や成立の経緯については、現在も不明な点が多く残されています。

研究史

『高白斎記』が世に知られるようになったのは、1932年（昭和7年）に郷土史家である萩原頼平が『甲斐志料集成』に「甲陽日記」として収録したことがきっかけです。この際、底本は不明であるものの、萩原の解題によれば、奥書に「天文22年　栗原左兵衛」「延享2年　柴田仲助」などの記述があったとされています。その後、1940年（昭和15年）には広瀬広一が『箋注高白斎記』として単刊しました。この広瀬本は、加藤竹亭旧蔵の写本を底本としていますが、その写本は1945年（昭和20年）の甲府空襲で焼失し、広瀬本も所在不明となっています。しかし、東京大学史料編纂所には、1915年（大正4年）に作成されたと推測される謄写本が所蔵されており、貴重な資料として活用されています。

『志料集成本』と辻・広瀬本は共通の祖本を持つと考えられており、送り仮名の表記や奥書の一部に相違が見られます。山梨県史では、東京大学史料編纂所所蔵の謄写本を底本として「甲陽日記（高白斎記）」として翻刻しています。

筆者について

筆者について、広瀬は栗原氏に関する記述を後代の竄入とし、本文に多く登場する「高白」を駒井政武と推定しました。この説は現在では定説となっています。

『志料集成』本の奥書に見られる栗原左兵衛は、山梨郡栗原郷に拠った栗原氏の一族で、『甲陽軍鑑』には、天文21年（1552年）の「常田合戦」に参加した昌清（左衛門佐）の名が記されています。また、昌清の子が信玄期の詮冬（左兵衛）であるとされています。『高白斎記』における常田合戦や上田原合戦など栗原一族に関連する記事は、『甲陽軍鑑』の記述を反映している点が指摘されています。

内容の分析

『高白斎記』の内容は、前半部が中央の動向と甲斐の情勢を簡略に記しているのに対し、天文9年以降の後半部では、武田氏側の動向が詳細に記述されています。このことから、原本が存在し、武田氏の遺臣である栗原氏などが武田氏の用務日誌や『軍鑑』などを基に編纂した可能性が考えられています。

山本菅助に関する記述

『高白斎記』には、武田家の足軽大将である山本菅助（『甲陽軍鑑』では山本勘助）に関する記述が2箇所あります。天文13年（1544年）の記述では、三河国牛久保の浪人・山本勘助が武田家に仕官したことを記しており、『甲陽軍鑑』とは仕官年が1年ずれています。また、天文18年（1549年）の記述では、勘助が信濃諏訪郡高嶋城の築城を担当したと記されていますが、『甲陽軍鑑』にはこの記述は見られません。しかし、近世の史料には同様の記述が見られることから、山本勘助の事績を考える上で重要な史料となっています。

参考文献
廣瀬廣一著『武田信玄傳』（昭和19年）
清水茂夫・服部治則 校注『武田史料集』新人物往来社（昭和42年）
柴辻俊六「『高白斎記』をめぐる諸問題」」『戦国史研究』、2000年、のち『戦国期武田氏領の展開』（岩田書院、2001年）
丸島和洋「武田家臣山本菅助とその子息」山梨県立博物館監修・海老沼真治編『「山本菅助」の実像を探る』戎光祥出版、2013年

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