高輪談判

高輪談判：明治初期の贋金問題と新貨幣制度への転換

明治維新と贋金問題の勃発

明治維新直後、日本は深刻な贋金問題に直面していました。開国後、江戸幕府は金の海外流出を防ぐために金貨の質を低下させましたが、これが物価上昇と社会混乱を招きました。欧米諸国は、幕府との改税約書で内外貨幣の等価交換と安定化を求めたものの、幕府財政は既に破綻寸前であり、質の低い貨幣が発行され続けていました。

戊辰戦争が勃発すると、戦費調達のために奥羽越列藩同盟や薩摩藩などの官軍諸藩も贋金を鋳造し始めました。特に二分金の贋造が横行し、中には金メッキを施しただけの粗悪なものも出回りました。明治政府が設立した貨幣司もまた、質の低い金貨や銀貨を大量に鋳造しました。諸藩の鋳造額は不明ですが、政府が公式に把握していたものだけでも莫大な量に上り、当時の市場には3000万両もの贋金が流通したという風説も流れました。

大隈重信と諸外国との交渉

贋金の大量流通は物価を不安定化させ、経済に悪影響を与えました。特に、一般の商人や民衆には金銀貨の真贋を見分けることが難しく、外国商人の中にも贋金をつかまされる者が続出しました。

イギリス公使ハリー・パークスは、明治政府が改税約書に違反して悪質な貨幣を鋳造していることに強い不満を抱いていました。彼は薩摩藩などを支援した経緯があり、明治政府の成立に協力した立場から、政府の通貨改革を強く求めました。

明治2年1月、パークスは各国公使と連携し、明治政府に対して贋金一掃の措置を要求しました。この事態に対応するため、外国官副知事に任命された大隈重信は、直ちに通貨改革に着手することになりました。しかし、大隈が改革を進めようとする一方で、政府内には反対意見も存在しました。特に、大久保利通は、明治政府の基盤が脆弱であることから、拙速な改革が政府の権威を失墜させることを危惧していました。

こうした中で、木戸孝允が通貨改革の重要性を訴え、大久保を説得しました。最終的に、大久保も事の重大さを認識し、贋金整理と通貨改革に協力することになりました。そして、大隈主導による通貨改革が開始されることになります。

高輪談判：国際的な合意形成

贋金問題解決のため、明治2年7月12日、高輪接遇所にて明治政府とイギリス、フランス、アメリカ、イタリア、ドイツの各国公使による高輪談判が開催されました。この会談は、明治政府による贋金回収と近代貨幣制度導入を国際公約とする重要な場となりました。

談判において、パークスは政府が悪質な貨幣を鋳造していた事実を示す証拠を提示し、贋金問題の解決を強く迫りました。明治政府は最後まで公式には悪貨鋳造の事実を認めませんでしたが、諸藩が贋金を鋳造していた事実は認めざるを得ませんでした。その結果、政府は贋金を含む全ての現行貨幣を回収し、速やかに新たな貨幣制度を導入することを約束しました。

また、外国人が所持する二分金については、検査を行い、検印を施した上で正貨と同等の価値を認めることになりました。この結果、大隈の通貨改革案は内外からの承認を得て、実行に移されることになりました。

通貨改革と贋貨処理

高輪談判後、明治政府は迅速な贋貨回収と新貨幣制度の構築に取り組みました。全国の開港場・開市場で外国人が保有する二分金の検勘を行い、封印された贋二分金は正貨に引き換えられました。この迅速な対応は、諸外国からの信頼を得る上で重要な役割を果たしました。

贋金を発行した諸藩に対する処分については、薩摩藩と土佐藩が自ら贋金鋳造を告白し、両藩は恩赦を求めました。当初は、両藩に対する罰金徴収を求める意見もありましたが、最終的には、両藩の自己申告を評価し、贋金鋳造に関する罪は不問とされました。

一方、一般国民が所持する贋金については、正貨との交換比率を巡って政府内で意見が分かれました。最終的には、贋金100両に対して金札30両で引き換えることが決定されました。しかし、実際には、目標としていた年内完了には至らず、引換期限も延長を繰り返した挙句、最終的には打ち切りとなり、贋金は地金として扱われることになりました。この結果、実質的には、明治初期の混乱に乗じて殆どの贋金が切り捨てられた形となりました。

新貨条例制定と造幣寮の設置

贋金問題の解決と並行して、近代的な貨幣制度の構築も進められました。大阪に造幣局が建設され、明治4年には新貨条例が公布されました。この条例によって、円を基本単位とする新しい貨幣制度が導入され、日本は近代国家への歩みを加速させることになりました。

まとめ

高輪談判は、明治初期の日本経済を揺るがした贋金問題を解決し、近代的な貨幣制度を確立するための重要な転換点でした。この談判とそれ続く通貨改革は、明治政府の国際的な信用を高め、その後の日本の発展を支える基盤となりました。

参考資料

* 丹羽邦男『地租改正法の起源―開明官僚の形成』（ミネルヴァ書房、1995年） ISBN 4623025101

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