鬼火 (吉屋信子)

吉屋信子「鬼火」：欲望と絶望が交錯するスリラー

吉屋信子の短編小説『鬼火』は、1951年に発表され、同年の女流文学者賞を受賞した作品です。生活に困窮した人妻が、ガス会社の集金人に肉体を要求された末に自死を選ぶという、衝撃的な内容で、読者に深い印象を与えます。その異様な語り口から、スリラー小説としても評価され、中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪奇小説集』にも収録されています。1956年には中央公論社から単行本が刊行され、同年には東宝によって映画化もされました。現在では、講談社文芸文庫『鬼火 底のぬけた柄杓』に収録されています。

小説のあらすじ

物語の主人公は、経済的に困窮した人妻です。彼女はガス料金を滞納しており、集金人に支払いを迫られます。しかし、お金がない彼女に対して、集金人は料金の代わりに肉体を要求します。絶望した人妻は、その要求を拒否し、自ら命を絶つという悲劇的な結末を迎えます。

小説では、この悲劇的な出来事が、異様な雰囲気を醸し出す語り口で描かれています。読者は、主人公の絶望感や、集金人の冷酷さを感じ取り、恐怖と戦慄を覚えます。

映画版のあらすじ

映画版『鬼火』は、1956年に公開された東宝製作の作品です。監督は千葉泰樹が務め、加東大介と津島恵子が主演しました。映画では、小説のストーリーをベースに、集金人の日常描写や、困窮する夫婦のドラマが新たに加えられています。これにより、物語はより重厚で、人間ドラマとしての深みを増しています。

映画の冒頭では、ガス会社の集金人である忠七が、下町の家々を回って集金する様子が描かれています。彼は、留守宅から押し売りを追い払ったり、タバコをお礼に貰ったりして、機嫌よく仕事を進めています。しかし、ある金持ちの家で、主人が女中を犯している現場を目撃してしまい、気分を害してしまいます。そんな中、同僚からガス料金を滞納している家を紹介され、忠七は荒れ果てた一軒家を訪ねます。そこには、病気の夫と、夫を介護する妻ひろ子が住んでいました。

忠七は、ガス料金を支払わないとガスを止めると脅しますが、ガスコンロは病気の夫に薬やおかゆを作るために不可欠なものでした。ひろ子の困窮した状況を察知した忠七は、ガス料金の代わりに、ひろ子の肉体を要求します。彼は、ひろ子がきっと自分の元にやってくると信じて疑いません。しかし、深夜に現れたひろ子は、ただ体を許すからガスを止めないでくれと懇願するだけでした。忠七がそれを受け入れ、布団を敷いて明かりを消すと、恐怖したひろ子は逃げ出してしまいます。

翌日、激怒した忠七が再び家を訪ねると、ひろ子は夫を殺し、自らも首を吊って死んでいました。ひろ子の死に顔は忠七を睨みつけ、足元ではガスコンロの火が鬼火のように燃え盛っていました。この光景に恐怖した忠七は、半狂乱になりながら逃げ去るという、衝撃的なラストシーンで物語は幕を閉じます。

映画の評価

映画版『鬼火』は、公開当時から高い評価を得ており、「キネマ旬報」の作品データでは「怪談風スリラー」と紹介されています。音楽を担当した伊福部昭は、本作などで第11回毎日映画コンクール音楽賞を受賞しました。

作品の魅力

小説と映画、両方の『鬼火』は、欲望と絶望が交錯する人間の業を描いた作品として、今もなお多くの人々に影響を与えています。その衝撃的なストーリーと、異様な雰囲気に満ちた世界観は、一度見たら忘れられない強烈な印象を与えます。スリラーとしての要素だけでなく、人間の内面を深く掘り下げたドラマとしても楽しめる作品です。

スタッフ

監督： 千葉泰樹
製作： 佐藤一郎
原作： 吉屋信子
脚本： 菊島隆三
撮影： 山田一夫
美術： 中古智
照明： 大沼正喜
音楽： 伊福部昭
録音： 藤好昌生
編集： 大井英史

キャスト

忠七： 加東大介
ひろ子： 津島恵子
ひろ子の夫・修一： 宮口精二
水原： 中村伸郎
水原家の女中： 中田康子
吉川： 堺左千夫
吉太郎： 笈川武夫
松田しげ(忠七の下宿の女主人)： 清川玉枝
中流家庭の主婦： 中北千枝子
押し売り： 広瀬正一
アイスキャンディー屋： 佐田豊
寿司屋の親爺： 如月寛多
* 水原の妻： 三條利喜江

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