鬼頭恭一

鬼頭恭一：夭折の天才作曲家

鬼頭恭一（きとう きょういち、1922年6月10日 - 1945年7月29日）は、大正から昭和にかけて活躍した日本の作曲家です。その短い生涯の中で、彼は数々の才能を発揮し、音楽の道を志しましたが、第二次世界大戦の終戦間際に23歳でその命を散らしました。彼の作品は、戦後長い間埋もれていましたが、近年になって再評価が進み、その才能が再び注目を集めています。

生い立ちと音楽への目覚め

1922年、鬼頭恭一は名古屋の中心部で酒問屋を営む家庭の長男として生まれました。幼少期は、好奇心旺盛で活発な少年でした。科学雑誌を愛読し、模型飛行機や発電機などの制作に熱中する一方で、ハーモニカ演奏や子供劇団での主役を務めるなど、多才な一面を見せていました。実家近くのキリスト教系幼稚園で賛美歌に触れたことが、彼の音楽の原点となりました。

愛知一中（現・旭丘高校）に進学してからも、勉強よりも自分の好きなことに熱中する日々を送ります。しかし、正義感が強く、間違ったことには毅然と立ち向かう一面も持ち合わせていました。中学2年生の時には、友人たちと恵那山で遭難し、新聞にも大きく取り上げられました。数日後、無事保護された際、疲労困憊した弟をよそに、恭一は平然と炒り豆を平らげ、その強靭な精神力を周囲を驚かせたといいます。

東京音楽学校への道

愛知一中4年生の頃、恭一は突如音楽で身を立てることを決意し、ピアノのレッスンを始めます。音楽への情熱はすさまじく、他の教科には全く興味を示さなくなるほどでした。レコードを聴く際には、音を立てることを許さず、家族は息を潜めていたそうです。また、ピアノレッスンに通う際には、商家の玄関からでは気が引けるため、2階の裏窓から楽譜を吊り下げ、下着姿で家を出て外で着替えるというユニークな方法をとっていたというエピソードも残っています。

1940年、両親の反対を押し切って上京し、東京音楽学校（現・東京藝術大学）作曲科への入学を目指します。親戚宅に身を寄せながら、本格的な音楽の勉強を始め、猛練習の末、同年9月、東京音楽学校選科に入学しました。選科では、音楽学校を目指す者だけでなく、一般の人々にも音楽を教えていました。入学式の際、恭一は黒い詰襟の学生服を着ており、童顔で色白な印象が残っていたと、同級生は語っています。

選科在学中には、満州国建国一周年奉祝楽曲に応募し入選を果たし、七宝焼の花瓶を贈呈されました。また、親戚宅近くに小さな家を建ててもらい、遠縁の叔母の世話を受けながら、個人レッスンも受けていました。昼夜を問わずピアノを弾き続けたため、近所から苦情が寄せられたこともあったそうです。

1942年2月、親戚の長男がビルマで戦死すると、恭一は彼を追悼する「鎮魂歌（レクイエム）」を作曲し、献呈しました。この作品は、現在確認されている恭一の作品の中で最も初期のものとされています。

東京音楽学校での日々

1942年4月、東京音楽学校作曲科予科に入学。同期には、團伊玖磨、大中恩、村野弘二など、後に日本の音楽界を代表する作曲家たちがいました。音楽学校では、信時潔、細川碧らに作曲を師事し、指揮法も学びました。翌年には本科に進級し、作曲家としての才能を磨きました。

音楽学校での生活は、規律正しいものでしたが、恭一は持ち前のユーモアと大胆さで、周囲を魅了しました。寮の前で友人にラッパを吹かせ、窓から顔を出す女子学生たちをからかったり、教会にパイプオルガンを見学に行った際には、牧師である友人の父親にも物怖じせずに話しかけたりする場面もあったそうです。また、軽井沢での軍事教練では、上級生に殴られる経験もしましたが、その一方で、演奏旅行の際には、ティンパニー担当でありながら、友人のシンバルをリュックに背負って運ぶなど、優しい一面も持ち合わせていました。演奏会中に停電が起こった際には、ティンパニーを叩き続け、演奏を支えたという逸話も残っています。

海軍航空隊へ

1943年6月、学徒への動員猶予が撤廃され、恭一ら本科生も繰り上げ卒業を余儀なくされました。多くの音楽学校生が陸軍の軍楽隊に進む中、恭一は海軍航空隊を志願します。海軍の軍装を身につけた恭一は、満足そうだったといいます。11月に海兵団に入隊後、航空機操縦士の適性検査に合格し、学徒動員令により、第一期飛行専修予備生徒として出陣しました。三重海軍航空隊では、基礎教程を終了し、その後、福岡県の築城海軍航空隊に転勤します。

築城では、厳しい訓練の合間や夜間の休憩時間に、五線譜にペンを走らせ、作曲に励んでいました。彼は、軍歌演習の指導も任され、同期の前で軍歌を歌いながら行進する姿は、颯爽としていたと語られています。築城在籍中に、代表作となる歌曲「雨」を完成させました。この作品は、戦後70年を経て初演され、多くの人々に感動を与えました。

1945年2月、恭一は特攻隊に志願します。その決意を、従兄弟の佐藤正知に「志願するまでは苦しいが、一度出してしまえば、何も苦しむことはない」と語っています。

4月には、かつて東京音楽学校選科で共に学んだ讃井智恵子と、築城で奇跡的な再会を果たします。讃井の家にはピアノがあり、恭一は休日ごとに訪れて作曲に励みました。5月には、讃井が作曲した歌曲「惜別の譜」を四部合唱に編曲し、直後、山形県神町航空隊に転属することになります。

別れ際、恭一は駅の待合室で、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」の中の「ある晴れた日に」を原語で歌い、その透き通るようなテナーは、周囲の人々を魅了したといいます。

神町航空隊では、突入訓練を開始し、6月1日付けで少尉に任官しました。7月1日には、霞ヶ浦第312航空隊に赴任し、日本初のロケット戦闘機「秋水」搭乗員養成部隊の訓練に参加します。

突然の死

霞ヶ浦航空隊での生活は、学術的な雰囲気があり、消灯時間を過ぎても、士官控え室からジャズが流れていたといいます。そのジャズをかけたのは、恭一だったという証言もあります。厳しい訓練の中にも、音楽を愛する心を持ち続けていたのでしょう。

1945年7月29日、タッチアンドゴーの訓練中に、直前を通過したヘリコプターを避けようとした際に機体が掩体壕に激突し、23年の短い生涯を閉じました。終戦まであと17日という時でした。

事故の翌日、父親と婚約者が霞ヶ浦に到着し、部隊葬に参列しました。遺骨は、8月4日に名古屋に戻りました。後日、海軍の士官が鬼頭家を訪れ、事故の原因がヘリコプターの通過によるもので、恭一の過失ではなかったことを伝えました。

戦後の展開と再評価

終戦後、恭一の戦友が、たまたま列車の中で、恭一の妻と出会い、彼の遺骨を抱えていることを知ります。この出会いがきっかけとなり、恭一の作品は再び人々の目に触れるようになりました。

1975年、讃井智恵子の追悼文をきっかけに、遺族と連絡が取れ、「鬼頭さんをしのぶ会」が開催され、彼の作品が演奏されました。また、弟の哲夫による講演会でも、「雨」の録音が流されました。

戦後70年を迎えた2015年、鬼頭恭一の作品は、新聞記事で大きく取り上げられ、改めて注目を集めました。彼の遺品の中から創作ノートが発見され、「鎮魂歌」「アレグレット イ短調」「アレグレット ハ長調」が東京藝術大学で初演されました。また、歌曲「雨」もメゾソプラノとピアノによって試演され、その後、公開初演されました。

これらのコンサートやメディアでの紹介を通して、鬼頭恭一の作品は、多くの人々に感動を与え、その才能が改めて評価されることとなりました。

鬼頭恭一の作品

鬼頭恭一は、短い生涯の中で、様々なジャンルの作品を作曲しました。

鎮魂歌（レクイエム）：1942年、従兄弟の戦死を悼んで作曲したコラール風の小品。
アレグレット イ短調：2015年発見のピアノ独奏曲。ショパンの影響が見られる。
アレグレット ハ長調：2015年発見の、独奏楽器とピアノのための小品。築城航空隊で作曲。
無題（女子挺身隊の歌）：依頼により作曲されたと推測される、歌と伴奏によるシンプルな小品。
歌曲「雨」：鬼頭恭一の代表作。和歌山県の女性の詩に曲をつけたもの。戦死した愛する人の帰還と、変わらず降り続く雨を描いた悲しい歌。
惜別の譜：讃井智恵子の作曲した旋律を、鬼頭恭一が四部合唱に編曲したもの。

鬼頭恭一の言葉

鬼頭恭一は、生前、多くの言葉を残しています。

「こうやって腹を切りながら歌ったんだよ。」（歌劇「黒船」初演を聴いて）
「僕はきみたち兄弟をテーマにして、歌劇“アキちゃんとトモちゃん”を書くつもりだ。」
「これでチョピンでなくてショパンと読むんだよ、おかしいだろう？ 」
「ものすごくむずかしい、だけど本人がこれを弾きこなしたんだから文句は言えないんだ。」（リストの「ラ・カンパネラ」の楽譜を見て）
「ビゼーの『カルメン』のような人間の血の通った生々しいオペラこそ、本当のオペラだ。将来『道成寺』をテーマにしたオペラを書きたい。」
「軍隊に入ったら要領よくやらなきゃ駄目だ。とにかく前に出たら駄目だ。」
「ベルリン・フィルハーモニーに演奏させて、自分が指揮をとるのが夢だ。」
「日本はもう見込みが無い」「俺は絶対死なない。間違っても死ぬようなバカなことはしない」
「今に戦争も終る。それまで生き延びなくっちゃ」「生と死をつらぬくシンフォニーを書きたい」。
「これから山形で突っ込みの練習をする。」

これらの言葉から、彼の芸術に対する情熱や、時代に対する鋭い洞察が感じられます。

まとめ

鬼頭恭一は、戦争という時代に翻弄され、短い生涯を終えた夭折の天才作曲家でした。彼の作品は、戦後長い間、歴史に埋もれていましたが、近年になって再評価が進み、その才能が再び注目を集めています。彼の作品は、戦争によって失われた多くの才能を象徴しており、平和の尊さを私たちに教えてくれます。彼の音楽は、これからも多くの人々に感動を与え、語り継がれていくことでしょう。

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