鳳来寺本源氏物語

鳳来寺本源氏物語：歴史と謎に包まれた源氏物語写本

鳳来寺本源氏物語は、愛知県新城市にある鳳来寺に伝わる源氏物語の写本です。真言宗五智教団の寺院である鳳来寺は、鳳来寺山山頂付近に位置し、そこに伝わるこの写本は、日本の古典文学研究において重要な資料となっています。

この写本の大きな特徴は、源氏物語の諸本の中でも河内本系統に属することです。河内本系統は、源氏物語の主要な系統の一つであり、本文の異同を比較研究する上で重要な役割を果たしています。鳳来寺本は、その系統に属する貴重な写本として、『校異源氏物語』や『源氏物語大成』といった大規模な校訂事業において、重要な校異の根拠として利用されてきました。写本には「鳳」という記号が付けられ、学術的な研究において参照されています。

鳳来寺本は、源親行による奥書（書き込み）が残されていることでも知られています。奥書は、写本の来歴や作成に関わった人物などを伝える貴重な情報源となります。この奥書によって、鳳来寺本の歴史の一端が明らかになっています。

『三州鳳来寺略誌』の記述によると、鳳来寺本は元々は吉田家に伝来し、その後毛利家に渡ったとされています。そして江戸時代中期、毛利家から鳳来寺に寄贈されたと伝えられています。しかしながら、寄贈以前の詳しい経緯は不明な点が多く、謎に包まれています。

本来は全54帖からなる完全な写本であったと推測されますが、1914年（大正3年）に鳳来寺で発生した火災により、一部が焼失してしまいました。現在残されているのは48帖のみです。焼損は、貴重な本文の一部を失うという大きな損失となりましたが、それでもなお、残された部分からは多くの情報が読み取れ、研究者にとって貴重な資料です。

昭和初期には、著名な国文学者である池田亀鑑が鳳来寺本の調査を行うことを許されました。その際に作成された模本は、現在東海大学図書館桃園文庫に所蔵されており、貴重な研究資料となっています。しかし、近年になって行われた調査では、鳳来寺側は写本の閲覧を許可しませんでした。そのため、最新の研究では、池田亀鑑が作成した模本を頼りに研究が進められています。この事実は、貴重な文化遺産の保存と公開に関する課題を改めて浮き彫りにしています。

鳳来寺本源氏物語に関する研究は、池田亀鑑、池田利夫ら多くの研究者によって続けられています。彼らが発表した論文や書籍は、鳳来寺本の本文の解読や、その歴史的背景の解明に大きく貢献しています。特に、池田利夫氏の研究は、鳳来寺本の伝来経路の解明に焦点を当てており、桃園文庫蔵模本を分析することにより、新たな知見をもたらしています。

鳳来寺本源氏物語は、その歴史、伝来、そして焼損という数奇な運命を辿ってきた写本です。しかし、その貴重な本文と、残された手がかりは、これからも多くの研究者によって分析され、源氏物語研究に大きく貢献していくことでしょう。今後、鳳来寺本が再び研究者の前に公開されることを期待したいと同時に、貴重な文化遺産の保存と継承について改めて考える契機となります。

もう一度検索