鼻眼鏡

鼻眼鏡（はなめがね）とは

鼻眼鏡は、耳にかけるテンプル（つる）がなく、鼻を挟んでかけるタイプの眼鏡です。19世紀から20世紀初頭にかけて欧米で流行し、フィンチ型とも呼ばれました。英語では「pince-nez（パンスネ）」と言いますが、これはフランス語で「鼻を挟む」という意味に由来します。

歴史

眼鏡が発明された当初はテンプルがなく、鼻眼鏡がその原型でした。テンプルが発明されたのは1700年代で、眼鏡発明から約500年後です。テンプル発明後も鼻眼鏡は廃れることなく、耳にかける眼鏡と並行して使われ続けました。1840年代には現代的な鼻眼鏡が登場し、1880年から1900年にかけて大流行しました。

眼鏡業界誌『20/20』は、この流行を「自動車のゴム製タイヤが見栄えのために取り除かれ鉄の車輪に戻されたような奇妙な出来事」と評し、その理由を、眼鏡の必要性を軽く見せたい気持ちと、自分の鼻に合わせて特注された金銀細工をステータスシンボルとしたい気持ちの二点に求めました。また、当時は目立つ眼鏡が嫌われたため、ファッション誌も鼻眼鏡を推奨していました。ジェシカ・グラスコックによれば、19世紀の写真に写る女性参政権運動家が鼻眼鏡をかけていたのは、眼鏡が知識と力の象徴と考えられていたからです。

初期の鼻眼鏡は金属製のリム（枠）が主流でしたが、次第にリムレス（枠なし）やセルロイド製のものも登場しました。銀（スターリングシルバー）製や鼈甲製のものも存在しました。鼻パッドは、初期にはブリッジと一体化した金属製やコルクを貼り付けたものが使われましたが、後にはセルロイド製や粘着性のあるものが開発されました。

20世紀初頭に検眼技術が発展し、近視や乱視の矯正が進むと、レンズが安定しにくい鼻眼鏡の欠点が顕著になりました。レンズを安定させるための工夫も行われましたが、最終的にはテンプルを持つ眼鏡が主流となり、鼻眼鏡は一般的でなくなりました。

実用性

鼻眼鏡は、レンズを目の前に固定する手段として、耳にかける眼鏡ほど実用的ではありません。しかし、掛け外しの手軽さ、見た目の良さ、外見を大きく変えずに視力を矯正できる点が評価されていました。一方、長時間の装用が快適でない、顔つきによっては掛けられない、光学的な問題があるなどの欠点も指摘されていました。

乱視や斜視の矯正では、レンズを正確な角度で固定する必要があるため、レンズが回転しやすい鼻眼鏡は不向きでした。この問題を解決するために、ブリッジとバネを分離した形式も開発されましたが、重くて不恰好なため普及しませんでした。また、鼻の上に置くだけではレンズと目の間隔が適切にならないという問題もあり、鼻当ての位置を調整する工夫もされました。

鎖や紐

鼻眼鏡には、落下防止のために鎖や紐が取り付けられることがありました。鎖や紐は右側のレンズに付けるのが一般的で、反対側の端はヘアピンやホックなどで固定されました。1912年のアメリカン・オプティカル・カンパニーのカタログには、鎖の長さや固定方法が詳細に記載されています。

眼科医フランク・G・マーフィーは、1921年に鼻眼鏡を吊る鎖や紐の長さを調整することで、顔の印象を操作できると主張しました。丸顔の人は鎖を長くして縦の線を強調し、面長の人は鎖を短くして横の線を強調すると効果的だと述べています。

ハンドル

レンズ脇の金具は「ハンドル」と呼ばれ、元々は眼鏡を持つためのものでしたが、鎖や紐を取り付けるための金具として使われるようになりました。小型化・簡素化され、省略されることもありました。1912年のカタログには、様々なデザインのハンドルが掲載されており、好みに合わせて選ぶことができました。

レンズの型

レンズの型には規格があり、縦横比3:4程度の横長の楕円が一般的でした。近業の多い人には、縦方向の視野を広げるために円形に近い短楕円が推奨されました。眉骨の出っ張った人のために、短楕円の上辺を切り落とした木の葉型もありましたが、見た目の悪さから一般的ではありませんでした。

日本において

1928年、眼科医石津寛は、日本人の鼻根が低いことから、鼻眼鏡が合わない人が多いと指摘しました。1968年、大阪大学名誉教授の宇山安夫は、鼻眼鏡を重要な眼鏡の種類としながらも、日本では使用者が少ないと述べました。

日本の有名人では、吉田茂や後藤新平、佐藤春夫などが鼻眼鏡を愛用していました。現代でも、ハード・ブリッジ型の鼻眼鏡を復刻・販売する眼鏡店があります。

種類

C-ブリッジ: シンプルな構造で、Cの字を横倒しにした形のブリッジが特徴です。ブリッジ自体がバネになっており、鼻パッドで鼻を挟みます。
ハード・ブリッジ / フィンガーピース: 左右独立した鼻パッド機構を持ち、ねじりコイルばねで鼻パッドを圧着します。鼻パッドを開くためのつまみ（フィンガーピース）が付いています。
バー・スプリング: 上部のバーに圧縮コイルばねを取り付け、バネの力でレンズを固定します。乱視矯正に適しています。
オックスフォード眼鏡: 細い金属板でレンズを繋ぎ、板バネの力で鼻パッドを圧着します。折りたたんで携帯できるのが特徴です。

ファッションとしての位置づけ

鼻眼鏡は、時代によってフォーマルにもカジュアルにも位置づけられてきました。1833年には略式なものとされていましたが、1935年には礼装に最適とされていました。1921年には、耳にかける眼鏡よりも若く見える効果があるとされていました。

フィクションの中の鼻眼鏡

鼻眼鏡は、その時代を舞台としたフィクション作品に登場することがあります。『アルプスの少女ハイジ』のロッテンマイヤー、『シャーロック・ホームズ』シリーズ、『天空の城ラピュタ』のドーラなどがその例です。また、『名探偵ポワロ』では、ポワロが手紙を読む際に鼻眼鏡をかけます。

まとめ

鼻眼鏡は、その独特な形状と歴史から、多くの人々に愛されてきました。現代では一般的ではありませんが、その魅力は色褪せることなく、フィクション作品などを通じて語り継がれています。

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