19世紀後半のロシアの革命組織

19世紀後半のロシアにおける革命組織

19世紀後半のロシア帝国では、社会変革を目指す様々な革命組織が誕生し、官憲との間で激しい闘争を繰り広げました。これらの組織は、農奴制という社会構造の矛盾を背景に、貴族階級出身のインテリゲンチャを中心に形成されました。彼らは、ロシア社会の根本的な変革を求め、過激な行動も辞さない姿勢で、帝政ロシアを揺るがしました。

前史：農奴制と啓蒙思想の影響

19世紀のロシアは、近代化の波に乗り遅れていました。農奴制は社会の根幹を成していましたが、その実態は悲惨を極め、農民は地主による過酷な支配に苦しんでいました。このような状況下、貴族の子弟たちは、ヨーロッパ留学を通じて啓蒙思想に触れ、祖国ロシアの遅れた状況に強い危機感を抱きます。彼らは、自国民の向上を使命と考えるようになり、ニヒリズム運動やナロードニキ運動へと突き進むことになります。

ニヒリズム運動は、既存の価値観や権威を否定し、社会変革を求める思想運動でした。一方、ナロードニキ運動は、農民の中に「人民」を見出し、農民との連帯を通じて社会変革を目指す運動でした。これらの運動に参加した貴族の子弟たちは、農村に入り、農民と共に汗を流し、学校や診療所を建設するなど、社会貢献活動に励みました。しかし、これらの活動は、帝政ロシアの秘密警察によって、反体制的なものと見なされ、徹底的な弾圧を受けることになります。

ロシア秘密警察の暗躍

ロシアの秘密警察の歴史は、ピョートル1世の時代にまで遡ります。反対者を弾圧するために設立された「秘密局」は、その後もその活動を拡大し、皇帝の権力維持のために暗躍しました。エカチェリーナ2世の時代には、夫であるピョートル3世を殺害し、プガチョフの乱を鎮圧するなど、反動的な政策を推し進めました。ニコライ1世の時代には、デカブリストの乱を鎮圧し、皇帝官房第三部を設立。これにより、多くの思想家や活動家が投獄されることになりました。拷問も日常的に行われ、不眠による拷問など、洗練された拷問方法も開発されました。これらの状況は、開明的な貴族階級の反感を買いました。

アレクサンドル2世の時代には、度重なる暗殺事件を背景に、警察組織はロシア帝国内務省警察部警備局（オフラーナ）として再編され、その権限は一層強化されました。言論弾圧、恣意的な逮捕、拷問、流刑、死刑は日常的に行われ、スパイ網は社会全体に張り巡らされました。このような状況下、知識人は国外での活動を余儀なくされ、国内では地下活動が活発化することになります。

留学生サークルと革命組織の誕生

ドイツやスイスに留学したロシア貴族の子弟たちは、現地のロシア人サークルで、読書会や互助会を組織しました。これらのサークルは、情報交換や意見交換の場として機能し、互助組織としての側面も持っていました。そこから、革命や改革を志す組織が自然発生的に生まれてきました。これらの組織は、互いに連携し、同じ人物が複数の組織に所属することも珍しくありませんでした。

ニヒリズムとナロードニキの思想

ニヒリズムは、社会の矛盾や不条理に対する徹底的な批判思想であり、宗教、芸術、社交生活といった既存の価値観を否定しました。貴族の子弟たちは、豪華な制服をまとうだけの軍隊生活や、社交界での虚飾に満ちた生活を批判し、教育を受け、社会に貢献することを目標としました。ナロードニキ運動は、農民の中に理想の共同体を見出し、農民との連帯を通じて社会変革を目指しました。彼らは、都市での退屈な生活を捨て、農村に入り、農民と生活を共にし、医療や教育活動を展開しました。

歴史的経緯：運動の展開と弾圧

1860年代から70年代にかけて、ニヒリズムとナロードニキ運動は隆盛を極めます。1862年にはツルゲーネフが小説『父と子』で、民主派の貴族子弟をニヒリストと名付け、1863年にはチェルヌイシェフスキーが小説『何をなすべきか』でナロードニキ運動の理想像を描きました。これらの作品は、社会変革を志す若者たちに大きな影響を与えました。

しかし、これらの運動は、当局からの激しい弾圧を受けます。1866年には、イシューチンやカラコーゾフらが組織を設立し、アレクサンドル2世の暗殺を企てましたが失敗。1869年には、ネチャーエフが「人民の裁き」を組織し、同志殺害事件を起こしました。1870年代に入ると、各地でサークルが乱立し、1873年には政府がチューリッヒの女子学生に退去命令を出すなど、弾圧は一層強化されました。1874年の「狂った夏」には、多くの青年男女が地方に殺到し、農民に革命を鼓舞しましたが、1500人以上が逮捕されました。

その後、運動は地下化し、テロ行為へと移行します。1878年には、ミハイロフらが「人民の意志」を組織し、県知事や憲兵隊長を殺害しました。1881年には、人民の意志がアレクサンドル2世の暗殺を成功させましたが、その結果、政府の弾圧は更に強化され、多くの革命家が逮捕され、処刑されました。

各組織の概要

フリッチ：チューリッヒで結成された女子学生による組織。労働者工作を中心に活動。
ナロードニキ：特定の組織ではなく、草の根運動。
ナロードニキ理論派：ピョートル・ラヴロフなど、ナロードニキの理論を構築した思想家たち。
「組織」：ドミトリー・カラコーゾフらが結成した秘密結社。
人民の裁き：セルゲイ・ネチャーエフらが組織した過激なグループ。
チャイコフスキー団：読書会から発展した組織。書籍の配布や啓蒙活動を行った。
土地と自由：ナタンソンらが結成した組織。農民との連帯を目指したが、後にテロ組織に変貌。
人民の意志：ソフィア・ペロフスカヤらが指導したテロ組織。アレクサンドル2世暗殺を成功させた。
社会革命党：20世紀初頭に結成された社会主義革命政党。ナロードニキの思想を継承。
ロンドン亡命組：プレハーノフ、レーニンなど、亡命先で活動した革命家たち。

まとめ

19世紀後半のロシアでは、農奴制の矛盾を背景に、ニヒリズムやナロードニキ運動が展開されました。これらの運動は、社会変革を求める貴族の子弟たちの情熱と犠牲によって支えられましたが、政府の弾圧によって地下活動へと移行し、テロ行為も辞さない組織へと変貌しました。この時期のロシア社会は、変革と弾圧の狭間で大きく揺れ動き、その後のロシア革命へと繋がっていくことになります。

これらの組織は、最終的には弾圧され、その活動は頓挫しましたが、彼らの理念や行動は、後のロシア社会に大きな影響を与えました。特に、農民との連帯や社会変革への熱意は、その後のロシア革命へと繋がる重要な要素となりました。

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