1941年の日本競馬

1941年（昭和16年）の日本競馬界は、輝かしい歴史的な記録の樹立と、戦時下の影響が色濃く影を落とし始めた激動の年となりました。この年、公認競馬において、セントライトが牡馬クラシック競走の三冠を史上初めて達成し、創設からわずか3年で偉業が成し遂げられました。

年が明けて間もない1月から3月にかけては、新たな取り組みが見られました。1月20日には、日本競馬会が東京競馬場にて、馬政局の職員らの協力のもと、競走馬に対する興奮剤の検査を試行しました。その後も場所を広げて検査は続けられましたが、2月27日には、非投与馬でも陽性反応を示す可能性や、研究の継続が必要であるとの見解が発表されました。また、2月28日には、日本競馬会の安田伊左衛門理事長が当時の東条英機陸相に対し、競馬場に軍馬を派遣して一般観覧に供することを要請。この要請は受け入れられ、3月7日には全国の主要競馬場への派遣が通知されました。

春から初夏にかけては、恒例の行事や新たな動きがありました。4月7日に開催された「愛馬の日」では、昭和天皇の臨席のもと、東京代々木練兵場にて「興亜馬事大会」が盛大に行われました。様々な馬事に関する演技披露や馬事功労者の表彰、そして日本競馬会が選定した全国の優秀な競走馬の展示などが行われ、多くの人々が集まりました。5月1日には、日本競馬会の機関誌である『優駿』が創刊されました。政府による情報統制が進み、既存の競馬雑誌が次々と廃刊に追い込まれる中で、新たな情報発信源としての役割を担うこととなりました。5月30日には、日本競馬会を含む4つの馬事団体が会合を開き、将来的な馬事団体の統合に向けた協議が初めて行われ、翌年発足する日本馬事会の設立へと繋がる第一歩となりました。

夏から秋にかけては、戦時下の影響がより具体的に現れ始めました。7月12日には、陸軍の大規模な動員計画が実施されるに伴い、競馬関係者にも召集令状が届くようになり、安田理事長は該当者に対し入隊の報告を指示しました。7月上旬には東京競馬場の使役馬が全て軍馬として徴発され、9月15日には中山競馬場の乗用馬4頭も同様に徴発されるなど、各地で合計54頭の馬が軍に供出されました。これを受けて、8月12日の理事会では代替馬の購入が決定され、その費用として48,600円が計上されました。

秋から年末にかけては、さらに厳しい状況に直面しました。10月2日には、金属類回収令により、日本競馬会の各施設から鉄4,380キログラム、銅1,398キログラムといった金属が供出されました。その撤去費用に20,874円、代替工事費用に300,404円を要するなど、経済的な負担も生じました。しかし、競馬界には明るいニュースもありました。10月26日、京都農林省賞典四歳呼馬をセントライトが優勝し、史上初の牡馬クラシック三冠を達成しました。年末の12月には太平洋戦争が開戦し、敵産管理法が公布されると、日本競馬会は敵性外国人の競馬関与を排除することを決定。各競馬場にその旨が通達され、12月27日には中山競馬場でステーツ・アイザックスとC・H・モースの資格剥奪が決議されるなど、翌年にかけて合計57名の外国人関係者が競馬界から排除されることとなりました。

その他、戦時下の物資不足は様々な面に影響を及ぼしました。帝室御賞典の優勝賞品は、従来の純銀製の花盛器から木製の楯に変更されるなど、質素化が進められました。

この年の主要な競走としては、3月30日の横濱農林省賞典四歳呼馬をセントライトが、4月20日の中山四歳牝馬特別をブランドソールが、4月27日の第8回帝室御賞典（春）をマルタケが、5月18日の東京優駿競走（日本ダービー）をセントライトが、10月5日の第4回優駿牝馬（オークス）をテツバンザイが、10月26日の京都農林省賞典四歳呼馬を再びセントライトが、11月2日の第9回帝室御賞典（秋）をエステイツがそれぞれ制しました。障害競走では、4月20日の中山農林省賞典障碍（春）はライハルオン、12月7日の中山農林省賞典障碍（秋）はゼーアドラーが勝利を収めています。

この年に誕生した競走馬からは、1944年のクラシック世代を担う馬たちが生まれています。また、佐々木亜良氏、中野渡清一氏、稲葉隆一氏、吉永正人氏、佐々木竹見氏、清水利章氏といった後の競馬界を支える人材が誕生し、一方では競走馬のイエリュウや騎手の末吉清氏が亡くなっています。

1941年は、競馬史に燦然と輝く初の三冠達成という出来事がありつつも、戦争の影響が日増しに強まり、様々な制限や困難に直面し始めた、日本競馬にとって過渡期とも言える一年でした。

もう一度検索