1961年の西ドイツ空軍F-84機による領空侵犯事件

1961年西ドイツ空軍F-84機による領空侵犯事件

1961年9月14日、冷戦の最中、西ドイツ空軍の2機のF-84F戦闘爆撃機が航法上の誤りにより東ドイツ領空を侵犯し、ベルリン・テーゲル空港に緊急着陸するという事件が発生しました。この事件は、東西ドイツ間の緊張が高まる時期に発生し、政治的にも大きな波紋を広げました。

事件の背景

当時の東西ドイツ間では、領空侵犯が日常的に発生していました。北大西洋条約機構（NATO）加盟国の航空機は平均して月に2機程度、東側の領空に侵入しており、逆にソ連軍機はそれよりも遥かに頻繁に西ドイツの領空を侵犯していました。1961年8月から9月にかけての4週間では、ソ連軍機による西ドイツ領空侵犯は38回に及びました。これらの侵犯の中には、意図的に相手の反応を探る目的で行われたものもありましたが、多くは空中での境界線の識別が困難であるために起きた過失によるものでした。

第二次世界大戦後、ドイツ再統一までの間、西ドイツの航空機は民間機、軍用機を問わず、西ベルリンへの飛行は禁止されていました。西ベルリンへの空のルートは、イギリス、アメリカ、フランスの旧連合国3か国の航空機のみに許可されていました。

事件の発生

1961年9月14日、NATOは「チェックメイト」というコードネームの下、フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、西ドイツの各国空軍を動員した軍事演習を実施しました。この演習の一環として、西ドイツ空軍の第32戦闘爆撃航空団（JaBoG 32）所属の2機のF-84戦闘爆撃機は、アウクスブルク南のレヒフェルト航空基地から発進し、ヴュルツブルク、ランを経由してメミンゲンに至る三角航路を飛行する予定でした。

この任務に就いたペーター・プフェッファーコルン軍曹とハンス・エーバール伍長が操縦する2機のF-84は、飛行中にコースを見失い、さらにプフェッファーコルン機の磁気コンパスが40度から60度の間で誤った数値を表示していました。加えて、予想よりも強い西風が吹いていたため、2人のパイロットはヴュルツブルクからランへの飛行中に、ベルギーのリエージュをフランスのランスと見間違えるほど混乱していました。

南ヴェストファーレンのヴァールブルク近郊にあるNATOのレーダー基地が、東ドイツ領のケーニヒス・ヴスターハウゼン方面へ東に進路を取っているこの2機の編隊を捕捉しました。レーダー基地からの帰還指示を無線で聞き逃した2機は、東ドイツ領空内を深く侵入し、ライプツィヒの北まで到達しました。プフェッファーコルンが発信したメーデー信号はすぐに探知され、西ベルリンのテーゲルにいたフランスの航空管制官が着陸を許可しました。当初、ベルリン・テンペルホーフ空港のレーダー員は、接近するパンアメリカン航空のDC-6に気を取られ、この2機の接近に気づきませんでした。

テンペルホーフ空港がこの2機を捕捉したときには、すでに多数のソ連軍戦闘機が追跡を開始していました。テンペルホーフの管制塔にいたアメリカ空軍の伍長は、この状況を鑑みて、2機に追跡機と対決させるよりも、滑走路が長くジェット機に適したテーゲル空港に着陸させる方が良いと判断し、テーゲルへの着陸を指示しました。この伍長の判断と厚い雲に紛れたおかげで、プフェッファーコルンとエーバールはソ連軍機の追跡をかわし、無事にテーゲルに着陸することができました。

事件の影響

国際関係

2機が着陸した後、テーゲル空港のフランス当局は東ベルリンのソ連当局に対して、技術的な問題による緊急着陸であったと説明しました。当時、西ドイツの国防大臣であったフランツ・ヨーゼフ・シュトラウスは、国防次官をソ連大使館に派遣し、遺憾の意を表明しました。数日間、ソ連政府はこの事件について沈黙を守りましたが、後に西ドイツによる領空侵犯に正式に抗議し、同様の事件が発生した場合、航空機を撃墜すると警告しました。ソ連空軍司令部は、領空侵犯をした2機の戦闘機に動揺せず、この失態を地上管制の責任ではなく悪天候のせいであるとした。

西ドイツ国内

当時、東西ドイツ間の関係が緊張していたため、野党であるドイツ社会民主党の党首であり、西ベルリン市長でもあったヴィリー・ブラントは、どのようにして2人のパイロットが国際協定に違反する状況に追い込まれたのかを問い質しました。シュトラウスはこの事件に関する緊急調査を発表しましたが、シュトラウスと空軍総監のヨーゼフ・カムフーバーは、JaBoG 32の指揮官であったジークフリート・バルト中佐を異動させると発表しました。これは、領空侵犯に関与した部隊の指揮官は即座に更迭するという強い姿勢を示すものでした。

しかし、カムフーバーが翌日、レヒフェルト基地でこの処分を発表した際、前夜に深酒をしていたカムフーバーとシュトラウスの間で考案されたこの措置は、後に「61年ビール令」と揶揄されることとなりました。バルト中佐はこの件に関して一切質問を受けることなく、弁明の機会も与えられませんでした。しかし、バルトの上官であったマルティン・ハルリングハウゼン中将がバルトを弁護し、正規の査問を要求しました。2週間後、ハルリングハウゼンは早期退役を余儀なくされました。JaBoG 32の下士官たちは、バルトが指揮官の地位にとどまるべきだと主張する書簡をシュトラウスに送りましたが、返答はありませんでした。

結局、正規の査問が行われ、バルトは無罪とされました。しかし、カムフーバーはこの結果を受け入れず、2回目の査問を開始し、中佐としての責任を一部認めるという結論に至りました。3回目の査問でバルトは再び無罪とされました。バルト中佐は、フランツ・ヨーゼフ・シュトラウスに対して正式な不服申立てをしましたが、国防大臣であるシュトラウスは、軍人が自身の指揮下にいるという理由から、この件に関して箝口令を敷きました。しかし、最終的には、バルトの解任は誤りであったと判断され、バルトは元の地位に復帰しました。シュトラウス自身は1962年に起こった『シュピーゲル』・スキャンダルにより国防大臣を辞任し、カムフーバーも同年、空軍総監の職を辞任しました。

事件の余波

テーゲル空港に着陸した2機のF-84は、すぐに格納庫に隠され、報道陣による撮影は禁止されました。数年後、この2機はアメリカ空軍機の塗装に変更され、アメリカ軍のパイロットによって西ドイツに帰還した、あるいは分解されて部品として輸送されたという噂が広まりました。フランクフルト・アム・マインからテーゲルに飛来した2機の巨大なダグラスC-124輸送機が、この噂に拍車をかけました。別の説では、2機はフランス当局によってテーゲルに隠され、後に飛行場内に埋められたが、1970年代に誤って掘り起こされたとされています。

2006年にベルリン＝ガートウ飛行場軍事史博物館で開催された展示会で、テーゲルで埋められていた2機のサンダーストリーク機の写真が公開され、2機の行方に関する謎はついに解明されました。事件のパイロットであったプフェッファーコルンとエーバールは、飛行任務から外され、レヒフェルト基地での地上勤務となりました。1958年7月22日からJaBoG 32で運用されていたF-84Fサンダーストリーク機は、累計8万時間以上の飛行時間を記録し、1966年7月13日にロッキードF-104Gスターファイターに更新され、同部隊から退役しました。

1962年の領空侵犯事件

1961年のF-84事件の11か月後、領空侵犯を行った航空機は撃墜するというソ連の警告が現実のものとなりました。クヌート・アントン・ヴィンクラー大尉が操縦する西ドイツ海軍のホーカー・シーホーク機が、アイゼナハ近郊で東ドイツ領空を侵犯し、MiG-21戦闘機による銃撃を受けました。大西洋上の空母サラトガでの演習訓練から帰還途中だったヴィンクラーは、ブレーメンの南45キロメートルにあるアールホルンに緊急着陸せざるを得なくなり、その後、機体は除籍されました。ヴィンクラー自身も、この事件から4年後の1966年5月10日にロッキードF-104スターファイター機による事故で死亡しました。

この事件は、冷戦時代における東西間の緊張を象徴する出来事であり、領空侵犯に対するソ連の強硬な姿勢を示すものでした。また、事件に関与したパイロットや軍関係者のその後のキャリアにも大きな影響を与えることとなりました。1357文字

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