1964年東京パラリンピック

1964年 東京パラリンピック

1964年 11月8日から12日にかけて、日本の首都東京で第13回国際ストーク・マンデビル競技大会が開催されました。これは、後に「1964年東京パラリンピック」として広く知られるようになった、アジア地域で初のパラリンピックです。東京オリンピックの直後に同じ場所で行われたこの大会は、身体に障害を持つアスリートたちのための国際的なスポーツイベントとして、日本の社会に大きな影響を与えました。

開催への道のりと準備

当時の日本社会では、重度の身体障害者は「あまり体を動かさず、人目につかないようにする」という考え方が一般的であり、スポーツを行うという発想自体がほとんどありませんでした。そのような状況下で国際大会を開催することは、多くの困難を伴いました。特に資金面は厳しく、限られた予算の中での運営を余儀なくされましたが、「パラリンピック」という名称が注目を集め、認知度が向上するにつれて、朝日新聞厚生文化事業団主催のチャリティーコンサートなどを通じて、総額5000万円もの寄付金が寄せられました。

運営体制も手探りながら構築されました。大会を支えたのは多くのボランティアでした。例えば、通訳には大学生など156名が参加し、大会の1年前から英会話の訓練を受けました。選手たちの移動介助には、陸上自衛官101名が協力しました。選手の輸送手段としては、当時海外でも珍しかったリフト付きバスが自動車メーカーに特注され、9台が用意されました。また、競技会場やオリンピック村のバリアフリー化も急ピッチで進められ、段差の解消やスロープ、手すりの設置といった改修工事は、オリンピック閉幕後わずか2日間という突貫工事で間に合わせる必要がありました。

大会形式と参加選手

この大会は、より広範な身体障害者を対象とするため、第一部と第二部に分けて行われました。第一部は従来の国際ストーク・マンデビル車いす競技大会として、第二部は全身体障害者を対象とした日本人選手中心の国内大会（数名の西ドイツ選手が特別参加）として実施されました。

当時の日本には、車いすに乗ってスポーツをするアスリートという存在がいなかったため、急遽、下半身不随者の長期療養を受け入れていた箱根療養所の入所者を中心に日本選手団が編成されました。選手の練習環境を整えるため、療養所敷地内にプールが作られるなどの対応が取られましたが、社会の障害者に対する偏見は根強く、選手に選ばれた人の中には、当初参加に乗り気でなかった者もいたといわれています。日本選手53名のうち、自営業者5名を除くほとんどが定職を持っておらず、車いすで会社勤めをすることが難しかった当時の日本の社会事情が反映されていました。一方、海外から参加した選手には職業を持つ人が多かったと記録されています。

実施競技と日本の戦い

大会では、アーチェリー、陸上競技、ダーチェリー、スヌーカー、水泳、卓球、重量挙げ、車いすバスケットボール、車いすフェンシングの合計10競技が行われました。日本の障害者スポーツはまだ発展途上にあり、技術や道具の面で海外のトップ選手との間には大きな差がありました。中には、競技性を保つため、当時最も弱いとされた海外チームと合同チームを組んで試合を行ったケースや、車いすバスケでは相手チームからボールを譲られ、プレーの仕方を教えられながらシュートを打つといったエピソードも残されています。

しかし、このような経験は、その後の日本の障害者スポーツ改革の重要な出発点となりました。例えば車いすバスケットボールは、当時の状況からは想像もできないほどレベルが向上し、2020年の東京パラリンピックでは銀メダルを獲得するまでになりました。

日本選手団も厳しい状況ながら奮闘しました。唯一の金メダルは、卓球男子ダブルスに出場した猪狩靖典・渡部藤男組が獲得しました。日本人メダリストの第1号は、アーチェリーとダーチェリーで銀メダルと銅メダルを手にした安藤徳次氏（箱根療養所）です。日本が獲得した合計10個のメダルのうち、7個は箱根療養所の入所者によるものでした。選手宣誓は、水泳と車いすフェンシングの選手で、両種目で銀メダルを獲得した青野繁夫氏が務めました。

開会式

大会の開会式は、1964年 11月8日午前10時より、パラリンピック選手村（代々木選手村）にて執り行われました。当時の皇太子明仁親王殿下及び皇太子妃美智子妃殿下（現在の天皇皇后両陛下）を主賓にお迎えし、東龍太郎東京都知事、神田博厚生大臣らが臨席しました。この開会式の観客は全員が招待客であり、一般市民の入場はできませんでした。

大会が遺したもの

1964年の東京パラリンピックは、日本の社会に障害者スポーツの存在とその可能性を強く印象付けました。大会を契機として、日本における障害者スポーツの認知度は飛躍的に高まり、その後の普及・発展に大きく寄与しました。選手たちの活躍を目の当たりにした人々、そして選手自身が、障害を持つ人々の自立や社会参加が、本人だけでなく社会全体にとっても幸福をもたらすことを実感する機会となりました。この大会を経験した日本人選手の中には、その経験を生かし、義肢装具の分野でより動きやすい義肢の開発・製作に取り組んだ人も現れました。大会当時の貴重なトレーニング風景や開会式の様子を捉えた映像が2016年に発見されており、この歴史的なイベントの記憶を現代に伝えています。この大会は、日本における障害者を取り巻く環境や社会の意識を変えるための重要な一歩となったのです。

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