1968年フランスグランプリ

1968年フランスグランプリ：悲劇と勝利の狭間

1968年7月7日、フランス・ルーアン・レゼサール。F1世界選手権第6戦、フランスグランプリが開催されました。このレースは、フェラーリのジャッキー・イクスが3番手グリッドから見事なドライビングで優勝を飾った一方、暗い影を落とした出来事が発生しました。地元フランス出身のジョー・シュレッサー選手が、レース中に事故死したのです。

ホンダRA302と悲劇の影

ホンダは、この年、ローラとの共同開発マシンであるRA301を使用していましたが、軽量化が課題でした。その解決策として開発されたのがRA302です。新型V型8気筒空冷エンジンを搭載したこのマシンは、十分なテストを経ないまま、東京からロンドンへ空輸され、急遽レース参戦を余儀なくされました。しかし、エントリー締め切りに間に合わず、2台目のエントリーは却下されました。

RA302のシェイクダウンテストはシルバーストンで行われましたが、エンジンのオーバーヒート問題が深刻で、十分なテストは行われませんでした。そのため、当初はRA301の予備車両として練習走行での使用が予定されていました。

しかし、ホンダ本社からの強い要請により、ヨーロッパ市場での販売拡大を狙い、政治的な事情からRA302が正式にエントリーされることとなりました。ドライバーには、F2で経験のある地元フランス人ドライバー、ジョー・シュレッサーが起用されました。この決定に、チーム監督の中村良夫は激怒しましたが、サーティース選手になだめて事なきを得ました。結果的に、サーティース選手がRA301を、シュレッサー選手がRA302をドライブするという異例の体制でレースに臨むこととなりました。

予選と予兆

予選では、ロータスのジャッキー・オリバー選手がクラッシュ。マシンは修復不可能なほど損傷し、決勝への出場が叶いませんでした。ブラバムのヨッヘン・リント選手が初のポールポジションを獲得、ジャッキー・スチュワート選手（マトラ）、ジャッキー・イクス選手（フェラーリ）と共にフロントローを形成しました。

テスト不足のRA302をドライブするシュレッサー選手には、中村監督からマシン特性と安全運転について注意深く指示が出されました。シュレッサー選手は、F1復帰の喜びを感じつつも、指示に従い慎重に走行しましたが、3回のスピンを喫し、最後尾で予選を終えました。

決勝と悲劇

決勝レースは、開始直前に雨が降り始めました。ほとんどのドライバーが全天候型タイヤでスタートする中、イクス選手だけが雨用タイヤを選択。この選択が功を奏し、1周目にトップに立ちました。

その後、3周目、シュレッサー選手のマシンがヘアピンカーブでスピンし、コース脇の土手にクラッシュ。満タンに近い燃料がコース上に撒き散らされ、マグネシウムを多用したマシンは炎上、瞬く間に消火不可能なほどの猛火に包まれました。シュレッサー選手は、その場で亡くなりました。

この悲劇的な事故の後もレースは続行されました。リント選手は、事故現場にあったマシンの残骸を拾ってしまい、タイヤをパンクさせて後退。サーティース選手は一時2位を走行しましたが、シュレッサー選手の事故直後にイクス選手のマシンから排出された消火剤の煙を浴びてゴーグルが汚れ、視界不良で一時コース上にマシンを止める事態に陥り、順位を落としました。

イクス選手は、一時ロドリゲス選手とサーティース選手に抜かれたものの、すぐに抜き返してリードを広げ、F1初優勝を飾りました。この優勝は、フェラーリにとって2年ぶりの勝利となりました。2位はサーティース選手、3位はスチュワート選手、4位にはF1デビュー戦のエルフォード選手が入賞しました。

レース結果とその後

このレースは、ジャッキー・イクスの勝利と、ジョー・シュレッサー選手の悲劇的な死という、喜劇と悲劇が入り混じった、忘れられないレースとしてF1の歴史に刻まれました。ホンダにとっても、勝利と喪失の複雑な感情が入り混じる、決して忘れられないグランプリとなったのです。シュレッサー選手の死は、F1における安全対策の重要性を改めて問いかけるものでした。

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