1970年の日本

1970年（昭和45年）の日本：躍進と影

1970年（昭和45年）は、日本が高度経済成長の波に乗り、国際的な注目を集めた一方で、様々な社会問題が顕在化した年でした。最大の象徴は、アジア初の開催となった日本万国博覧会（大阪万博）です。「人類の進歩と調和」をテーマに、大阪府吹田市の千里丘陵で3月14日に開幕し、9月13日まで183日間開催されました。期間中の総入場者数は約6422万人に達し、国民は未来技術や異文化との接触を通じて、国家的な高揚感を共有しました。これに合わせて、大阪市営地下鉄や北大阪急行電鉄の延伸・相互乗り入れ、近鉄特急網の整備など、交通インフラの拡充が進められました。

しかし、この華やかなムードの裏で、社会には影も差していました。

年間を通じて、道路上の交通事故死者数が史上最悪の16,765人に達し、「交通戦争」と呼ばれる深刻な状況となりました。また、各地で公害問題が深刻化。水俣病の被害補償問題、静岡県田子の浦港でのヘドロ問題、東京都での光化学スモッグによる高校生の集団症状発生などが続き、国民の環境への意識を高めました。11月には公害問題に特化した「公害国会」が召集され、水質汚濁防止法などが制定されるなど、法整備が急ピッチで進められ、年末には環境保護庁（後の環境庁）の設置が決定されました。

政治面では、佐藤栄作内閣（第3次）が発足し、長期政権が続きました。安全保障に関わる重要な転換点として、6月23日には日米安全保障条約が自動延長され、これに反対する大規模な統一行動が全国で行われました。一方で、11月25日には作家の三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部で割腹自決するという、国内外に衝撃を与える事件が発生しました。

経済・産業分野では、企業の合併や新技術の開発が進みました。八幡製鐵と富士製鐵が合併して新日本製鐵が発足し、巨大鉄鋼メーカーが誕生。日立製作所がLSIを開発するなど、エレクトロニクス分野でも進歩が見られました。早川電機工業がシャープに社名変更し、10万円を切る電卓を発売するなど、技術革新が消費財にも影響を与え始めました。自動車業界では、鈴木自動車工業が「ジムニー」を、日産自動車が初のFF車「チェリー」を、ホンダが「Z」や「バモス」を発売するなど、多様な車種が登場しました。

人々の暮らしや文化にも新たな動きが見られました。都市部では歩行者天国が初めて実施され、銀座や新宿などが賑わいました。鉄道ファンを中心にSLブームが到来し、各地の蒸気機関車の引退が注目を集めました。食文化では、ミスタードーナツやケンタッキーフライドチキンの日本第1号店が開店し、外食産業が多様化。食品分野では「メリット」「エメロン」「ほんだし」「のむヨーグルト」「ジョア」といった現在も馴染みのある商品が登場しました。玩具ではトミカが発売開始され、子供たちの人気を集めました。

文化・芸術活動も活発でした。出版界では、ベストセラーとして『冠婚葬祭入門』や公害問題に焦点を当てた石牟礼道子の『苦海浄土』などが話題となりました。漫画では、これまでの常識にとらわれない谷岡ヤスジ、ジョージ秋山、林静一といった作家が登場し、多様化が進みました。特に、連載中の漫画キャラクター「力石徹」の追悼式が実際に行われるという異例の出来事は、漫画文化の影響力の高まりを示すものでした。音楽分野では、レコード大賞を受賞した菅原洋一の「今日でお別れ」をはじめ、藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」「女のブルース」、内山田洋とクール・ファイブの「逢わずに愛して」など、演歌や歌謡曲が大ヒット。洋楽ではサイモン&ガーファンクルの「コンドルは飛んで行く」「明日に架ける橋」などが人気を博し、「戦争を知らない子供たち」に代表されるメッセージ性の強いフォークソングも登場しました。テレビでは、「大岡越前」「時間ですよ」「ありがとう」「細うで繁盛記」といった人気ドラマが始まり、「あしたのジョー」「昆虫物語 みなしごハッチ」「いなかっぺ大将」などのアニメも放映開始され、お茶の間を賑わせました。

スポーツ界では、プロ野球で読売ジャイアンツが日本シリーズ6連覇（V6）を達成しました。しかし、選手の賭博や八百長に関わる「黒い霧事件」が発覚し、球界を揺るがしました。また、阪神タイガースの田淵幸一選手が死球で倒れた事故を機に、耳当て付きヘルメットの着用が義務付けられるなど、安全対策が進みました。高校野球では、春の選抜で箕島高校、夏の選手権で東海大相模高校がそれぞれ初優勝を果たしました。相撲では、北の富士、大鵬、玉の海が幕内最高優勝を分け合いました。

その他にも、日本山岳会がエベレストに日本人初登頂（松浦輝夫、植村直己）、植村直己がマッキンリー山に単独初登頂し世界初の五大陸最高峰登頂者となるなど、冒険の分野でも大きな成果がありました。また、救急車のサイレンが従来の「ウーウー」から、より緊急性を知らせる「ピーポー」に変更され始めました。

1970年は、万博景気に沸き、技術革新が進む「進歩と調和」の一方で、深刻化する社会問題や国内外の政治的な緊張、衝撃的な事件が起こるなど、光と影が交錯する、日本の歴史において非常に重要な一年でした。この年の出来事は、その後の日本の社会や文化に大きな影響を与えています。

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