1974年のル・マン24時間レース

1974年のル・マン24時間レースは、フランスのサルト・サーキットを舞台に、6月15日から16日にかけて開催された、伝統の耐久レースの第42回大会でした。

この年、名門フェラーリとアルファロメオが参戦を見送ったため、優勝争いの最右翼はマトラに絞られました。対照的に、日本勢の挑戦は注目を集めていました。前年に初参戦を果たしたシグマ・オートモーティブ（現在のサード）は、マツダオート東京と強力なタッグを組み、レースに挑みました。チーム運営は加藤眞氏からの依頼を受けた大橋孝至氏が担当し、ドライバーにはトヨタ自動車と契約していたシグマのエース、高橋晴邦氏、そしてマツダの寺田陽次郎氏、岡本安弘氏という、日本人ドライバー3名体制で臨みました。

彼らのマシンは、新型のシグマMC74。前年に引き続きマツダの12A型ロータリーエンジンを搭載し、マツダオート東京がそのチューニングとメンテナンスを担当しました。前年の経験を活かし、ボディの小型化による空気抵抗の低減など、戦闘力向上のための改良が施されました。しかし、耐久性を高めるためにMC73と比較して100kgもの重量増となってしまい、それが後の展開に影を落とすことになります。限られた人員での参戦だったため、作業効率を重視した設計がなされ、万が一のトラブル発生時にも迅速な修理が可能なように工夫が凝らされました。ドライバーには「何が何でもピットに戻って来い」という厳命が下され、車載工具も充実させるなど、万全の態勢でレースに臨みました。

予選では、シグマMC74の25号車は4分20秒4というタイムで27位と、前年の14位から大きく順位を落としました。これは、重量増の影響や、マシンのセッティングに課題が残ったことを示唆していました。

迎えた決勝レース。49台のマシンがスタートを切りました。シグマMC74の25号車は、レース序盤にインダクションボックスの金網が破損するアクシデントに見舞われます。この破損により小石がエンジン内部に侵入、ロータリーエンジンの破損という深刻なトラブルを引き起こしてしまいました。エンジンそのものの交換は許されなかったため、ピットではローターハウジングやサイドハウジングを残したまま、エンジン内部を丸ごと交換するという大掛かりな作業が行われました。この作業に3時間半以上を費やした結果、サーキットオフィシャルからリタイア勧告を受ける事態となりましたが、チームの懸命な努力により、マシンは再びコースへと復帰することができました。

レースは最後まで多くのドラマを繰り広げ、完走を果たしたのは20台のみでした。

その中で優勝を手にしたのは、アンリ・ペスカロロとジェラール・ラルース組のマトラ・シムカMS670Bでした。彼らは24時間で4,606.571kmを走り抜き、平均速度191.940km/hという驚異的な記録で栄冠を勝ち取りました。マトラ・シムカはこれで1972年から3連覇を達成することとなりますが、この勝利を最後にスポーツカー生産に注力するため、レース活動からの撤退を表明しました。

一方、最後まで走り抜いたシグマMC74は、最下位でレースを終えることになります。しかし、走行周回数が155周と規定に届かず、完走扱いとはなりませんでした。過酷なレースを戦い抜いたものの、勝利には届かなかったものの、日本のロータリーエンジンを搭載したマシンが、世界最高峰の耐久レースに挑んだその挑戦は、大きな記憶として残されました。

このレースの記録は、多くの書籍で詳しく紹介されています。『ルマン 伝統と日本チームの戦い』（グランプリ出版）、黒井尚志氏の『ル・マン 偉大なる草レースの挑戦者たち』（集英社）などが、その一例です。これらの文献からは、このレースにおける様々なドラマや、参戦チームの努力、そしてロータリーエンジンの可能性など、多くの知見を得ることができます。

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