1986年の日本の女性史

1986年日本の女性を取り巻く状況

1986年（昭和61年）は、日本の女性にとって歴史的な転換点となる出来事が数多く起こった年でした。特に、男女間の雇用における平等を推進する法律の施行は、社会構造や人々の意識に大きな影響を与える契機となりました。

労働・雇用分野の変化

この年の最も重要な出来事の一つは、4月1日に男女雇用機会均等法および改正労働基準法が施行されたことです。これにより、募集・採用、配置・昇進などにおける女性差別が禁止され、企業は雇用慣行の見直しを迫られました。これに先立ち、労働省は1月に関連する施行規則や指針、女子労働基準規則を制定・公布し、法の実効性を高めるための準備が進められました。

公務員の分野でも変化が見られました。人事院は2月、国家公務員の女子保護規定を改正し、男女差別解消の一環として深夜勤務や時間外労働の制限を緩和しました。生理休暇が廃止されたこともこの改正の一部です。

経済界でも、長年の慣習が破られました。5月には、銀行業界で初めて女性が重役（西日本銀行の緒方世喜子氏）に就任するという出来事がありました。また、小売業界では、西友が7月から男女を問わず育児のための勤務時間短縮制度「ベビーケアタイム・システム」を導入し、働き方の多様化への対応を始めました。

裁判の場でも、女性の権利を求める動きが成果を挙げました。12月、東京地方裁判所は、ある企業における男女間の賃金格差を無効とし、男女別のコース設定が法の下の平等を定めた憲法に違反すると断定しました。これは、日本の雇用における男女平等を巡る重要な判例となりました。労働省の調査では、翌年の新規大卒者の採用において「男女不問」とする企業が均等法施行後に倍増しており、法律が意識改革を促した一端が見て取れます。

政治分野での動き

政界では、歴史的な出来事がありました。9月には、土井たか子氏が日本社会党の委員長に就任し、日本の主要政党で初めて女性が党首の座に就きました。これは、女性の政治参加への関心を高める大きなニュースとなりました。10月には「女の政治」と題された土井氏を応援する集会に多数の人々が参加しました。

しかし、政治家の意識が必ずしも時代に追いついていない一面も露呈しました。9月には、中曽根康弘首相が人種や女性に関する不適切な発言を行い、特に米国内で強い批判を受け、後に謝罪する事態となりました。

司法・人権に関する進展

司法の判断も、女性の権利保護において新たな道を開きました。1月には、西船橋駅で男性に絡まれた女性が相手を線路に突き落として死亡させた事件が発生しましたが、翌年の裁判では正当防衛が認められ無罪判決となりました。この判決は、不当な暴力に対する女性の抵抗が正当防衛として認められる可能性を示すものとして注目されました。

また、12月には鳥取地方裁判所が、夫婦間での性暴力（レイプ）に対して夫に有罪判決を下しました。これは、それまで家庭内の問題として扱われがちだった夫婦間の性暴力に司法が介入し、犯罪として認められた初めてのケースであり、女性の人権擁護における画期的な判決と評価されました。

社会問題と文化現象

社会的には、光と影の両面がありました。4月にはアイドル歌手・岡田有希子氏の自殺後、少年少女の後追い自殺が続発し、大きな社会問題となりました。この月だけで自殺者が急増しました。また、女子中高生の性非行や10代の妊娠・中絶が増加している現状も調査で明らかになり、若年層を取り巻く課題が浮き彫りとなりました。

一方で、女性の支援体制の動きも見られました。4月には、日本キリスト教婦人矯風会が、来日したアジア人女性のための緊急避難施設「女性の家HELP」を開設しました。これは、日本における民間の女性用シェルターの草分けの一つとされています。売買春問題に取り組む会は、売春防止法30周年記念集会を開催し、課題解決に向けた議論を行いました。

健康面では、日高教婦人部の調査により、女性教員の多くが健康問題を抱えながらも通院しにくい状況にあることが報告されました。また、宗教団体「真理の友教会」の女性信者7人が集団焼身自殺するという痛ましい事件も発生しました。

文化や生活の面では、様々な出来事がありました。5月のチャールズ英皇太子・ダイアナ妃夫妻の来日時には、ダイアナ妃のファッションが注目され、「ダイアナ・フィーバー」と呼ばれる社会現象を巻き起こしました。女性の間では、爪に絵を描く「ネイルアート」が流行し、関連商品の売上が大きく伸びました。カタログ通販のセシールが売上を大幅に伸ばし、下着販売業界でトップに立つなど、女性の消費行動も活発化しました。家族関係に関するNTTの調査では、母娘間の電話連絡が他の家族関係より頻繁であることが示されました。高知市には女性専用のパチンコ店が開店し、女性の余暇の過ごし方にも変化が見られました。

医療と科学、国際的な視点

医療分野では、慶應義塾大学医学部グループが人工授精による女児産み分けに成功したと発表し、生殖医療の技術的な進展が報じられました。長野県の産婦人科医院での多胎児減数手術（妊娠した4つ子のうち2胎児を中絶）を巡っては、倫理的な是非が論議となりました。また、厚生省の研究班は経口避妊薬（ピル）の製造を認める報告書を提出し、主要国の中で唯一ピルの使用を認めていなかった日本でも実用化に向けた動きが進みました。

国際的な動きとしては、2月に日本が第31回国連婦人の地位委員会の委員国に選出され、12月にはESCAP（国連アジア太平洋経済社会委員会）が日本で婦人情報ネットワークシステム開発に関する地域セミナーを開催するなど、女性を巡る国際的な連携や情報共有が進められました。

1986年は、男女雇用機会均等法の施行という大きな法改正を機に、女性の労働、政治、司法、社会生活など多岐にわたる分野で変化が見られた年です。権利の確立や社会進出が進む一方で、新たな課題も顕在化し、日本の女性を取り巻く状況がダイナミックに動き出した一年と言えるでしょう。

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