1992年ウィンザー城火災

1992年 ウィンザー城火災

1992年11月20日、英国の象徴であり、居住されている城としては世界最大規模を誇るウィンザー城で、歴史に残る大火災が発生しました。女王エリザベス2世の重要な公邸の一つでもあるこの城は、火災により甚大な被害を被り、その復旧には多額の費用と数年の歳月が必要となりました。この出来事は、英国王室の財政にも大きな影響を与え、女王の所得税納付開始や、復旧費用を賄うためのバッキンガム宮殿の一般公開といった変革を引き起こす契機となりました。

火災の発生と初期対応

火災は午前11時15分頃、女王のプライベートチャペル内で、押し付けられたスポットライトがカーテンに引火したことから始まりました。当時、王室職員が芸術品を調査するためにチャペル内にいましたが、火災報知器が作動し、城内の消防隊監視室に異常が知らされました。火災地点は城のグリッドマップ上で示され、当初ブランスウィック塔が点灯しましたが、すぐに隣室への延焼も確認されました。

公式諸間（State Apartments）の大部分は急速に炎に包まれました。近くで作業していた建築請負業者らが消火器で初期消火を試みましたが、激しい熱と降り注ぐ火の粉のため、11時32分には退避を余儀なくされました。燃え盛るカーテンは床に落ち、炎上を続けました。11時36分には城の消防部長が外部へ警報を発し、ロイヤル・バークシャー消防救助隊に通報しました。当時、ウィンザー城には20名の自衛消防隊がおり、そのうち6名が常勤でした。彼らは11時41分に現場に到着し、外部からの消防車も11時44分に到着。11時56分までに17台のポンプ車が集結しました。城の職員や建築請負業者、さらにはアンドルー王子も加わり、火災に近い部屋から家具や芸術品の搬出作業が急ピッチで進められました。

火災の進行と鎮火

消火活動は急速に拡大し、12時12分までに20台、12時20分には35台の消防車と、バークシャーのみならずロンドン、バッキンガムシャー、サリー、オックスフォードシャーからも合計200名以上の消防士が到着しました。火災は12時20分までに、公式諸間最大の空間であるセント・ジョージズ・ホールにも延焼しました。合計39台の消防車と225名の消防士が懸命な消火にあたりました。13時30分頃には防火帯が構築され、火の勢いは弱まり始めましたが、公式諸間の屋根が崩落し始めました。

15時30分にはブランスウィック塔の床が崩落し、煙の中で消防士が行方不明になる事態も発生し、一時的な撤退を余儀なくされました。16時15分にはブランスウィック塔で再燃が確認され、夜まで火は塔に残りました。18時30分には塔が高さ15メートルにも達する炎に包まれ、19時にはセント・ジョージズ・ホールの屋根が最終的に崩壊しました。

20時までに主要な火勢は収まりましたが、完全に鎮火したのはさらに3時間後のことでした。全ての二次火災が鎮火したのは午前2時30分。局所的な炎は発生から約15時間後の早朝までくすぶり続けました。消火活動には、主水道管、貯水槽、プール、池、テムズ川などから合計700万リットルもの水が使用されました。火の回りが早かった一因は、屋根内部の空洞構造にあったとされています。

回収活動と被害状況

消火活動と並行して、城の消防隊やボランティア、職員、業者らは、危険にさらされた区域から家具や芸術品の救出にあたりました。ウォータールーの間などから、大型の机や絨毯、王室図書館からは300個の時計、細密画コレクション、貴重な書籍や歴史的文書などが運び出され、城の乗馬学校などに避難させられました。消防士の指示により重い箱などは現場に残されましたが、その他の品々は北側テラスなどに一時保管された後、ロンドン近郊から集められた多数の引っ越しトラックで城内の安全な場所へ移されました。この作業には、エアリー伯爵をはじめとする王室関係者、王立所蔵品協会のメンバー、近衛騎兵団の兵士ら、総勢250名以上が貢献しました。

幸い、この火災による重傷者や死者は出ませんでした。プライベートチャペルの装飾工が絵画救出時に軽いやけどを負い、病院へ搬送されましたが、メディアで報じられたような心臓発作の事実はありませんでした。5名の消防士も軽傷で手当てを受けています。

城の構造への被害は甚大でした。セント・ジョージズ・ホールの吊り天井や床下の空間が火災を広げる原因となりました。チェスター塔まで火は達し、いくつかの天井が崩落しました。濃赤色の客間は全焼、緑の客間は煙と水で大きな被害を受けました。セント・ジョージズ・ホールは壁は残存しましたが天井は崩壊、プリンス・オブ・ウェールズ塔のステイト・ダイニング・ルームと大広間も崩落しました。合計で100部屋が影響を受け、小部屋も多くが損害を受けるか崩壊しました。大キッチンも一部を失いました。

焼失した美術品としては、ウィリアム・ビーチー作の肖像画「軍隊を視察するジョージ3世とプリンス・オブ・ウェールズ」が、大きすぎて搬出できずに失われました。他にも、大型のサイドボード、磁器、シャンデリア、オルガン、絨毯などが部分的に焼失しました。

復旧と修復計画

火災発生から3日後には観光客の入城が許可され、女王も2週間後には帰邸しました。ギャラリーやドールハウスは12月に再開され、公式諸間も1993年には再開されましたが、セント・ジョージズ・ホールなどは閉鎖されたままでした。

当初、修復費用は6000万ポンドと見積もられましたが、最終的には3650万ポンド（現在の価値で約6700万ポンド）が必要となりました。ウィンザー城のような貴重な建物や王室コレクションには保険がかけられていないため、費用は公的な資金や寄付で賄う必要がありました。1993年4月には、バッキンガム宮殿の一般公開による入場料収入や、ウィンザー城のプライベート区域への立ち入り料で費用の7割を賄う方針が発表されました。さらに、女王は私財から200万ポンドを負担すると共に、1993年から所得税の納付を開始することに同意しました。これは1930年代以降の英国君主としては初めてのことでした。

修復計画の全体指揮は建築事務所ドナルド・インサル・アソシエイツが担当しました。損壊した部屋の約半数は原状回復を目指す一方、セント・ジョージズ・ホールの天井やチャペルなどは新しい設計が採用されました。設計案はエディンバラ公フィリップ殿下を委員長とする修復委員会で検討されました。新しい建築は創造性に欠けるという批判もありましたが、建築家は建物の歴史を考慮し、ゴシック様式を取り入れることを重視しました。

修復作業は順調に進み、構造修復の第一段階は1996年5月に完了しました。内部設備取り付けは1997年11月17日に行われ、女王は修復されたばかりの大広間で関係者への感謝の宴を開きました。セント・ジョージズ・ホールの新しい天井はオーク材を用いた大規模な建築物で、ガーター勲章の紋章が飾られています。新しいチャペルと回廊は、儀式の行列動線に合わせて再編成されました。

この火災は大きな災難でしたが、ウィンザー城は数年のうちにその威容を取り戻し、英国王室はこれを機に財政の透明化を進め、国民との関係性を変化させる一歩を踏み出すこととなりました。

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