2000年の文学

2000年（平成12年）の日本の文学界は、過去の遺産に新たな光が当てられ、社会的な関心を集める作品が生まれ、そして多くの才能が評価された一年であった。この年は、様々な出来事を通じて文学が社会と深く関わる様相を見せた。

まず、作家・三島由紀夫に関する動きが複数見られた。年明け早々には、三島が決起の際に楯の会会員に宛てた遺書が新聞各紙で公開され、改めてその思想や行動が注目された。夏には、遺族によって大切に保管されてきた三島由紀夫の少年期に書かれた15冊の詩のノートが、後に彼の全集を刊行する新潮社に託される出来事があった。これらの詩ノートは後にメディアでも紹介され、三島の初期の創作活動を知る上で貴重な資料となった。そして、同年11月からは、三島由紀夫の膨大な作品群を網羅した「決定版 三島由紀夫全集」の刊行が開始され、没後30年を経て改めて彼の文学世界全体を振り返る機会が生まれた。

出版界では、大平光代のノンフィクション作品『だから、あなたも生きぬいて』が驚異的な売上を記録し、大きな話題となった。非行と障害を乗り越えて弁護士となった著者の半生を描いたこの手記は、多くの読者に感動と共感を与え、トーハンの年間ベストセラーで総合第1位を獲得するなど、社会現象ともいえる反響を呼んだ。

この年も、権威ある文学賞の発表が注目を集めた。日本の純文学・エンターテインメント小説の最高峰とされる芥川龍之介賞と直木三十五賞は、例年通り上半期・下半期の2回に分けて選考が行われた。1999年下半期（第122回）の芥川賞には、在日コリアンの暮らしを描いた玄月『蔭の棲みか』と、日常の中の歪みを描いた藤野千夜『夏の約束』が選ばれた。直木賞は、長崎の歴史を背景にしたなかにし礼の力作『長崎ぶらぶら節』が受賞した。続く2000年上半期（第123回）の芥川賞は、独自のリズム感を持つ町田康の『きれぎれ』と、映画監督としても知られる松浦寿輝の『花腐し』が同時受賞。直木賞も、重厚な冒険小説の旗手・船戸与一の『虹の谷の五月』と、在日コリアンの青春を描いた金城一紀の『GO』が共に栄誉に輝いた。これらの受賞作は、その後の日本文学の多様な流れを示唆するものであった。

芥川・直木賞以外にも、主要な文学賞で優れた作品が評価された。第36回谷崎潤一郎賞には、幻想的な世界を描いた辻原登の『遊動亭円木』と、バイオテクノロジーを扱った村上龍の『共生虫』が選ばれた。第28回泉鏡花文学賞は、多和田葉子の『ヒナギクのお茶の場合』に贈られ、その独特な言語感覚が評価された。

2000年には、これら受賞作を含め、様々なジャンルの注目すべき作品が多数刊行された。小説では、赤坂真理『ミューズ』、池澤夏樹『すばらしい新世界』、伊坂幸太郎『オーデュボンの祈り』、石牟礼道子『潮の呼ぶ声』、金井美恵子『彼女（たち）について私の知っている二、三の事柄』、田口ランディ『コンセント』、津島佑子『笑いオオカミ』、村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』、山本文緒『プラナリア』、吉本ばなな『不倫と南米』などが読者の手にとられた。小説以外の分野でも、いしかわじゅんの漫画『鉄槌!』、江川紹子によるオウム事件を論じたノンフィクション『魂の虜囚』、歴史家の原武史による評伝『大正天皇』、評論家の丸谷才一による『闊歩する漱石』など、多岐にわたる作品が出版され、議論を呼んだものも少なくなかった。

一方で、この年には文学界から多くの才能が惜しまれつつ旅立っている。国内では、詩人・随筆家で開高健の妻だった牧羊子（76歳没）、『土佐堀川』で知られる小説家の大原富枝（87歳没）、ユーモラスな作風で人気を博した小説家の田中小実昌（74歳没）、フランス文学者の河盛好蔵（97歳没）、演劇界で活躍した劇作家の如月小春（44歳没）、直木賞作家でもある小説家の江崎俊平（74歳没）などが逝去した。また、海外でも、『ピーナッツ』の作者として世界中で愛された米国の漫画家チャールズ・M・シュルツ（77歳没）、ブッカー賞受賞作家である英国の小説家ペネロピ・フィッツジェラルド（83歳没）ら、多数の著名な作家や漫画家が亡くなった。彼らが遺した作品は、今後も世代を超えて読み継がれていくであろう。

総じて、2000年の文学界は、過去の遺産への新たな光、社会的な反響を呼んだ作品、多様な才能の受賞、そして数々の新刊によって彩られた一年であったと言える。同時に、多くの著名な文学者との別れもあった、記憶に残る年となった。

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