2021年の文学

2021年は、日本の文学界において、年間を通じて主要な文学賞の発表が大きな注目を集め、多くの優れた作品が読者に届けられた一年でした。特に、純文学の芥川龍之介賞、大衆小説の直木三十五賞、そして全国の書店員の投票によって選ばれる本屋大賞といった、影響力の大きい文学賞の動向は、その年の文学シーンを彩る重要な出来事となりました。この一年間を通して、現代社会を鋭く切り取った作品から、深い歴史に根差した物語、さらには幻想的な世界を描いたものまで、多様なジャンルやテーマの作品が評価されました。

年初の文学賞発表：第164回芥川賞・直木賞

年の初め、1月20日には、前年2020年の下半期に発表・刊行された作品を対象とする、第164回芥川龍之介賞および直木三十五賞の選考会が都内で開催されました。この選考の結果、純文学の登竜門とされる芥川賞には、現代の若者たちの間で広く見られる「推し活」をテーマに、その熱狂と孤独を鮮やかに描き出した、宇佐見りん氏の小説『推し、燃ゆ』（文藝秋季号掲載）が受賞作として決定しました。宇佐見氏は当時まだ大学生であり、その若き感性が捉えた現代社会の側面が大きな反響を呼びました。一方、大衆小説の代表的な賞である直木賞には、江戸時代後期の貧しい人々が暮らす長屋を舞台に、そこに生きる人々の哀歓を温かい視点で描いた西條奈加氏の連作時代小説『心淋し川』（集英社刊）が選ばれました。西條氏の作品は、歴史というフィルターを通して、現代にも通じる普遍的な人間の感情を浮き彫りにした点が評価されました。これら両作品の受賞は、年末から年始にかけての文学界における大きな話題の中心となり、多くの書店の店頭に並びました。

春のベストセラー選出：第18回本屋大賞

春を迎えた4月14日には、全国各地の書店員が「お客様に自信を持って薦められる本」「一番売りたい本」を投票で決定する、第18回本屋大賞の発表会が行われました。この年、大賞の栄冠に輝いたのは、自らを「52ヘルツのクジラ」になぞらえる孤独な女性が、声を発することのできない少年と出会う物語を描いた、町田そのこ氏の作品『52ヘルツのクジラたち』（中央公論新社刊）でした。この小説は、人間の抱える深い孤独や、他者との繋がりを求める切実な願いを感動的に描いており、多くの読者の共感を呼びました。本屋大賞は、その選考プロセスから、専門家だけでなく一般読者の支持を得やすい作品が選ばれる傾向があり、受賞後には瞬く間にベストセラーとなることが通例となっています。町田氏の作品も例外ではなく、2021年を代表する一冊となりました。

夏の文学賞発表：第165回芥川賞・直木賞

そして夏の盛り、7月14日には、2021年上半期の作品を対象とした第165回芥川龍之介賞および直木三十五賞の選考会が開催されました。この回は、それぞれ二作品が同時受賞したことが特徴的です。芥川賞には、死生観や記憶といった深遠なテーマを、現実と幻想が交錯する詩的な筆致で描き出した石沢麻依氏の『貝に続く場所にて』（群像6月号掲載）と、沖縄をモデルにした架空の島を舞台に、歴史、言語、共同体といったテーマを探求した、台湾出身作家である李琴峰氏の『彼岸花が咲く島』（文学界3月号掲載）が選ばれました。対する直木賞には、古代アステカ文明と現代の日本を舞台に、犯罪と宗教が絡み合う壮大な物語を圧倒的な筆力で描いた佐藤究氏の『テスカトリポカ』（KADOKAWA刊）と、日本画壇を舞台に、血縁や芸術家の業といったテーマを、明治から現代にかけての時代の流れと共に描いた澤田瞳子氏の『星落ちて、なお』（文藝春秋刊）が選出されました。この第165回は、純文学、大衆小説ともに、非常に多様な背景、テーマ、文体を持つ作品が同時に評価された点で、2021年の文学界における重要な節目となりました。

2021年は、これらの権威ある文学賞の発表を軸に、年間を通じて多彩な作品が世に送り出され、多くの読者に刺激と感動を与えました。受賞作の顔ぶれからは、現代社会の複雑さ、歴史への深い洞察、そして人間の内面に迫る探求といった、様々な角度から文学が試みられている様子が伺えます。これらの作品が、今後の日本の文学シーンにどのような影響を与えていくのか、注目が集まる一年となりました。

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