2023年ナゴルノ・カラバフ衝突

2023年ナゴルノ・カラバフ衝突の概要

2023年9月19日から20日にかけて、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフ地域で軍事作戦を実施しました。この作戦はアゼルバイジャンによって「対テロ作戦」と称されましたが、実質的には係争地であるナゴルノ・カラバフを支配するアルツァフ共和国に対する攻撃でした。戦闘はわずか24時間で終結し、アルツァフが事実上降伏する形で停戦合意が成立しました。この結果、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフに対する主権を回復し、アルツァフ共和国は2024年1月1日までに国家としての機能を停止することを宣言しました。

この衝突は、30年以上にわたって続いたナゴルノ・カラバフ紛争に大きな転換点をもたらしました。

背景

ナゴルノ・カラバフ地域は、アゼルバイジャンの西部、アルメニア人が多く居住する地域です。この地域の領有権を巡り、アゼルバイジャンとアルメニアは長年にわたり軍事衝突を繰り返してきました。1991年にはアルツァフ共和国がアゼルバイジャンからの独立を宣言し、一部を実効支配していましたが、その独立は国際的に承認されていません。国際社会はナゴルノ・カラバフをアゼルバイジャン領として認識しています。

ソビエト連邦時代には、ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国内のアルメニア人自治州として存在していました。1988年、アゼルバイジャンとアルメニアの対立が激化し、第一次ナゴルノ・カラバフ戦争が勃発しました。この戦争はアルメニアの勝利に終わり、アルツァフは旧自治州の大部分と周辺地域を実効支配しました。

その後も散発的な戦闘が続きましたが、2020年には第二次ナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャンが大きな勝利を収め、停戦協定によって領土の大部分を奪還しました。アルメニアとアルツァフを結ぶラチン回廊には、紛争を仲介したロシアが平和維持部隊を駐留させました。

2020年の紛争以降、アゼルバイジャンはアルメニア人の民族自決を否定し、アゼルバイジャンへの「統合」を主張するようになりました。2022年12月には、ラチン回廊がアゼルバイジャン人による占拠で封鎖され、アルツァフは深刻な物資不足に陥りました。2023年3月には、アゼルバイジャンは停戦協定に反してラチン回廊周辺のアルツァフ・アルメニア領を占拠し、軍事拠点を建設しました。また、4月にはラチン回廊に検問所を設置し、回廊を完全に封鎖しました。

この封鎖によって、アルツァフでは人道危機が深刻化しました。食料や燃料の不足が深刻化し、国際赤十字委員会による物資支援もアゼルバイジャンによって阻止されました。このような状況下で、レムキン・ジェノサイド防止研究所は「アゼルバイジャンがアルツァフへの軍事侵攻を計画している」と警告しました。

戦闘の経過

9月19日

アゼルバイジャン外務省は、アルメニアの治安部隊が設置した地雷によって、ホジャヴェンド県で少なくとも6人が死亡したと発表しました。その数時間後、アゼルバイジャン国防省は「ナゴルノ・カラバフにおける対テロ活動」の開始を発表しました。アゼルバイジャン側は、アルメニア軍の完全撤退とアルメニア分離主義者の政権の解体を要求しました。

アゼルバイジャン外務省は、攻撃目標をアルメニア軍の軍事施設とし、民間人が居住する地域は攻撃しないと説明しましたが、実際にはアルツァフの主要都市で空爆が行われました。アゼルバイジャン国防省は、民間人の避難を保証する「人道回廊と受け入れ地点」を設置したと発表しましたが、アルツァフ住民の民族浄化への懸念を引き起こしました。

アルツァフ政府は、アゼルバイジャンに対して敵対行為の即時停止と交渉を申し出ましたが、アゼルバイジャンはナゴルノ・カラバフのアルメニア人政府と軍隊が解散されない限り攻撃を続けると強調しました。

この日までに、アゼルバイジャン側は60以上の軍事施設を占拠したと発表しています。アルツァフの人権活動家は25人の死者（うち2人は民間人）と138人の負傷者が出ていることを発表しました。

9月20日

アルツァフ東部のマルトゥニの市長が、アゼルバイジャン軍の攻撃により死亡しました。アルツァフは、ロシアの停戦提案を受け入れたと発表しました。アゼルバイジャンも停戦に合意し、9月21日にアゼルバイジャンとアルメニア人の代表者との間で協議が行われることになりました。

余波

9月21日、イェヴラフでアゼルバイジャン政府とアルメニア人の代表者間の協議が開催されましたが、最終合意には至りませんでした。9月22日、停戦合意に基づき、アルツァフはロシア平和維持部隊へ兵器の引き渡しを開始しました。アゼルバイジャンはアルメニア人の権利を保障すると表明しましたが、アルツァフに住むアルメニア人は民族浄化を恐れて脱出を開始しました。9月24日にアゼルバイジャンがラチン回廊を開放すると、難民が検問所へ押し寄せました。

9月25日には、ステパナケルト近郊のガソリンスタンドで爆発事故が発生し、多くの死傷者が出ました。アルメニア政府は、9月25日までに5000人近くのアルメニア系住民が避難したと発表しました。9月27日、アゼルバイジャン政府は、今回の戦闘で192人の兵士が死亡し、治安当局がアルツァフ共和国の首相を務めていたルベン・バルダニャンを逮捕したと発表しました。9月28日までに、6万5千人のアルメニア人がアルメニアに避難しました。アルツァフ共和国のサンベル・シャフラマニャン大統領は、2024年1月1日をもって組織を解体することを発表しました。

10月4日までに、シャフラマニャン大統領と10万632人のアルツァフ国民がアルメニアへ脱出し、アルツァフはアゼルバイジャンの実効支配下に置かれました。10月15日、アゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領はナゴルノ・カラバフの都市を訪問し、ステパナケルトのアルツァフ大統領府前にアゼルバイジャン国旗を掲げました。10月17日、アリエフ大統領はナゴルノ・カラバフ問題の解決を宣言しました。その後、シャフラマニャン大統領はアルツァフの解散を否定する声明を発表しました。

反応

アゼルバイジャン

大統領外交政策顧問は、アルメニア人が白旗を掲げて武装解除するまで交渉は行わないと述べました。

アルメニア

国防省は、ナゴルノ・カラバフに軍人や軍事施設は存在しないと説明しました。外務省は、ロシアの平和維持部隊に「アゼルバイジャンの侵略」に介入するよう要請しました。

ロシア

ロシア外務省は、「ナゴルノ・カラバフ情勢の急激な悪化を警戒している」と述べました。ロシアはアルメニアと集団安全保障条約の同盟国ですが、アルメニアはロシアの対応に不満を示しています。

トルコ

トルコ外務大臣は、アゼルバイジャンの軍事作戦を「正当な措置」と述べました。エルドアン大統領は、「ナゴルノ・カラバフはアゼルバイジャン以外の主権を認められない」と述べました。

その他

日本、アルゼンチン、フランス、ドイツ、アメリカ合衆国などの各国が、アゼルバイジャンの軍事作戦を批判し、即時停止を求めました。国連事務総長も戦闘の即時停止を求めました。

この紛争は、国際社会における複雑な力関係と、民族紛争の解決の難しさを改めて浮き彫りにしました。

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