42V電装

42V電装とは

42V電装システムとは、自動車の電源電圧を従来の12Vから高める試みとして、2000年代初頭に注目された技術です。このシステムでは、主に発電機（オルタネータ）が出力する電圧を42Vとし、車載バッテリーの電圧は36Vとすることが想定されていました。当時の自動車業界では、将来的な標準規格となる可能性も指摘されていましたが、実際に42Vシステムが広く普及するには至らず、採用車種は一部のマイルドハイブリッド車などに限られました。

開発の背景

1990年代後半から、自動車には様々な電子制御システムや快適装備が搭載されるようになり、それに伴って車載電力の需要は飛躍的に増加しました。従来の12Vシステムでは、増大する電力供給に対応するために、より太い電線や大型の発電機、バッテリーが必要となり、これが車両重量の増加や燃費への悪影響につながる懸念がありました。こうした背景から、電力供給能力を向上させつつ、システム全体の効率化を図るための解決策として、電源電圧の昇圧が検討されるようになりました。

昇圧による利点

電源電圧を12Vから42Vへと高めることには、いくつかの重要な利点がありました。電気回路におけるオームの法則に基づけば、同じ電力を供給する場合、電圧を高くすれば流れる電流は少なくて済みます。電流値が小さくなれば、電線での抵抗による電力損失（送電損失）を低減できます。これにより、より細い電線（ハーネス）で必要な電力を送ることが可能となり、ハーネスの軽量化や材料費の削減につながります。また、同じ出力を持つ発電機やモーターなども、高電圧化によってより小型化・軽量化が見込めました。結果として、車両全体の軽量化や燃費向上に貢献することが期待されました。

さらに、昇圧によって得られるメリットの一つに、アイドリングストップ機能搭載車での快適性向上も挙げられます。エンジンが停止している間も、36Vバッテリーからエアコンのコンプレッサーなどの補機に電力を供給できるため、停車中もエアコンを継続して作動させることが可能になり、快適性を維持できます。

普及に至らなかった理由と課題

様々な利点が期待された42V電装システムですが、予想されたほど普及しませんでした。その主な原因は、技術的・経済的な課題にありました。

最大の障壁の一つは、従来の12Vシステムで動作する多くの車載補機類をそのまま利用できない点でした。42Vで動作する機器は新規に開発する必要があり、これは多大な開発コストを伴います。もし既存の12V機器を使い続ける場合は、電圧変換器（コンバーター）を用いて42Vから12Vに降圧する必要があり、車内に12V系と42V系が混在することになります。この場合、システム構成が複雑になる上、昇圧による効果も限定的になってしまいます。システム全体を42V対応とするには、車両コストの大幅な上昇が避けられませんでした。

また、電圧が高くなることによる安全性への懸念も指摘されました。電圧が印加された状態の接点や端子が開離する際に発生する電気火花のエネルギーは、電圧の二乗に比例して増大します。42Vでは12Vに比べて火花エネルギーが大きくなり、アーク放電が持続しやすくなるリスクが高まります。これは電気部品の劣化や損傷、さらには火災のリスクを高める可能性がありました。ノイズ発生の増加や、配線が短絡した場合に大電流が流れやすくなり、電線が焼損するといった問題も考慮する必要がありました。

さらに、開発当時、電動パワーステアリングなどの一部の電装品は、十分な性能を発揮するために高電圧化が不可欠と考えられていましたが、その後の技術進歩により、従来の12Vシステムでも実現可能になったことも、42V化の必要性を低下させる要因となりました。

経緯とその後の展開

42V電装システムは、2001年に発売されたトヨタ・クラウンマイルドハイブリッドや日産・マーチe-4WDなど、一部の車種で採用されました。しかし、前述のような課題が克服されず、自動車全体の標準システムとして普及することはありませんでした。

42V化は直接的には実現しませんでしたが、自動車の電力需要が増加し続けるという状況は変わらなかったため、電源電圧の昇圧という考え方自体は消滅しませんでした。特に、マイルドハイブリッドシステムへの適用を見据え、より現実的な次世代電源電圧として48Vシステムが注目されるようになります。欧州の自動車メーカーを中心に規格策定が進められ、2011年にはフォルクスワーゲン、ポルシェ、アウディ、ダイムラー、BMWといった主要メーカーによって、48V電源の規格であるLV148が策定されました。現在では、この48Vシステムが多くのマイルドハイブリッド車に採用されており、事実上の新しい標準電圧の一つとして普及が進んでいます。

また、国際標準化機構（ISO）の委員会においても、42V回路電圧条件に関する規格案が議論されるなど、過去の技術的な検討がその後の規格化の基礎となっている側面もあります。

まとめ

42V電装システムは、自動車の電力需要増大という時代の要請に応えようとした意欲的な試みでしたが、既存システムとの非互換性や電気的なリスク、コストといった課題から広く普及しませんでした。しかし、この試みで得られた知見や課題は、その後の自動車における電源高電圧化の議論や、現在普及が進む48Vシステムなどの開発に影響を与えたと言えるでしょう。

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