5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド

X-gal

概要

X-gal（エックスギャル）の通称で知られる5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド（略称BCIG）は、ガラクトースと置換インドール構造を持つ有機化合物です。この化合物は、1964年にアメリカ合衆国ミシガン州デトロイトで、研究者のジェローム・ホロヴィッツ氏とその共同研究者らによって初めて合成されました。主に分子生物学の分野で利用されており、特定の酵素の存在や遺伝子の発現状況を視覚的に検出するための重要なツールとなっています。

分子生物学における利用：ブルー・ホワイトセレクション

X-galの最も代表的な用途は、遺伝子工学における「ブルー・ホワイトセレクション」と呼ばれる手法です。これは、組換えDNA実験において、目的の遺伝子がプラスミド（大腸菌などの細菌内で自己複製する小さな環状DNA）に正しく挿入されたかどうかを簡便かつ効率的に確認するための検査法です。

この手法の根幹をなすのは、X-galが持つ「β-ガラクトシダーゼという酵素によって分解されると青い色素を生成する」というユニークな化学的性質です。プラスミドにはしばしば、大腸菌のラクトースオペロンに含まれるlacZ遺伝子（β-ガラクトシダーゼをコードする遺伝子）の一部が組み込まれています。ブルー・ホワイトセレクションでは、目的の遺伝子をこのlacZ遺伝子の内部に挿入します。

遺伝子がlacZ内部に挿入されなかったプラスミドを持つ細菌（非組換え体）では、正常なlacZ遺伝子が機能し、β-ガラクトシダーゼ酵素が産生されます。一方、目的遺伝子がlacZ内部に挿入されたプラスミドを持つ細菌（組換え体）では、lacZ遺伝子が分断されるか、またはその翻訳産物であるβ-ガラクトシダーゼが不活性化されるため、この酵素は産生されないか、機能しない酵素が作られます。

これらの細菌を、X-galを添加した寒天培地で培養すると、β-ガラクトシダーゼを産生する細菌はX-galを分解して青い色素を生成し、青色のコロニー（細菌の集落）を形成します。β-ガラクトシダーゼを産生しない、あるいは機能しない細菌はX-galを分解できないため、青い色素を生成せず、白色のコロニーとして現れます。したがって、この方法を用いることで、目的の遺伝子が挿入された組換え体（白色コロニー）とそうでない非組換え体（青色コロニー）を、コロニーの色によって容易に区別し、目的の組換え体を効率的に選別することが可能となります。

培地には通常、β-ガラクトシダーゼの誘導剤であるIPTG（イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド）も同時に添加されます。IPTGはlacZ遺伝子の発現を促進する働きがあり、これによりβ-ガラクトシダーゼの産生が誘導され、X-galの分解反応が効率的に進行します。

作用メカニズム

X-galの青色発色は、β-ガラクトシダーゼによる化学反応を経て起こります。酵母や大腸菌などの細胞内でlacZ遺伝子によってβ-ガラクトシダーゼが産生されると、この酵素はX-gal分子中のガラクトース結合を切断します。これにより、X-galはガラクトースと5-ブロモ-4-クロロ-3-インドールという化合物に分解されます。

生成された5-ブロモ-4-クロロ-3-インドールは、不安定な中間体であり、速やかに酸化を受けます。この酸化反応の結果、不溶性の青い色素である5,5'-ジブロモ-4,4'-ジクロロ-インディゴが生成されます。このインディゴ色素がコロニー内に蓄積することで、肉眼で確認できる青色を呈するのです。この反応は、X-galが存在し、かつβ-ガラクトシダーゼが活性を持つ環境下でのみ進行します。

その他の応用例

分子生物学におけるブルー・ホワイトセレクション以外にも、X-galはいくつかの分野で利用されています。

レポーターアッセイ: lacZ遺伝子は、X-galを含む培地と組み合わせて、遺伝子の発現やシグナル伝達経路の研究におけるレポーター遺伝子として広く利用されます。特定のプロモーター（遺伝子の発現を制御するDNA領域）の下流にlacZ遺伝子を配置し、このプロモーターが活性化されるとlacZが発現してβ-ガラクトシダーゼが産生され、X-gal添加培地で青色コロニーが形成されることを利用します。例えば、タンパク質間の相互作用を検出するツーハイブリッド法では、相互作用が成立した場合にlacZ遺伝子の発現が誘導されるように実験系を構築し、青色コロニーの出現によって相互作用の有無を確認します。ただし、この方法は多数のコロニーを扱う場合や、非常に多数の相互作用候補をスクリーニングする際には、コロニーの色判別が困難になる場合があります。
飲料水の検査: 分子生物学研究の用途に加え、X-galは環境微生物学や公衆衛生分野でも応用されています。特に、飲料水中に大腸菌（Escherichia coli）やその他の大腸菌群細菌が存在するかどうかを検出するための検査法に利用されます。これらの細菌の中にはβ-ガラクトシダーゼを産生するものがあり、X-gal添加培地で培養することで青色コロニーとして検出できます。

補足

X-galがβ-ガラクトシダーゼによって分解される際に生成するインドール誘導体は、独特で不快な匂いを発することが知られています。実験を行う際には、この点に留意が必要です。

(脚注は省略します。

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