6.29豪雨災害

6.29豪雨災害（6.29ごううさいがい）は、1999年（平成11年）6月下旬から7月上旬にかけて、梅雨前線と低気圧の影響により日本各地で発生した大規模な水害および土砂災害です。特に同年6月29日に被害が集中したことからこの名称で呼ばれますが、気象庁は「梅雨前線、低気圧　平成11年（1999年）6月23日～7月3日」として一連の現象をまとめています。発生した年にちなんで「平成11年6月豪雨」とも称され、特に大きな被害が出た地域から「広島豪雨災害」「福岡豪雨災害」などと呼ばれることもあります。

1999年は各地で豪雨や台風による災害が相次ぎましたが、その中でもこの災害は代表的なものとなりました。

災害の経過と降水状況

1999年6月23日から7月3日にかけて、活発化した梅雨前線が日本列島を横断し、西日本から北日本にかけて広い範囲で雨をもたらしました。この期間中、低気圧の動きとも連動し、局地的に非常に強い雨が降りました。特に6月29日には、北部九州から中部地方にかけて猛烈な雨が降り、時間あたり100mmを超える地点も観測されました。

この一連の豪雨により、全国28府県で浸水や土砂災害が発生しました。中でも、6月29日午前に福岡県福岡市で、同日午後に広島県広島市および呉市で、都市機能に大きな影響を与える集中豪雨が発生し、災害救助法が適用されました。これらの被害は、当時「都市型災害」の新しい事例として注目を集めました。福岡ではJR博多駅が水浸しになり都市機能が麻痺するという典型的な都市型水害の様相を呈し、広島では新興住宅地で土石流が発生するという都市型土砂災害の性格が強く現れました。

期間中の総降水量は各地で記録的な値となり、アメダスによる観測では、6月24日には福岡県釈迦岳で1日降水量386mm、6月29日には福岡県篠栗町で1時間降水量100mmを記録しました。各地で1時間降水量50mm以上の「非常に激しい雨」や80mm以上の「猛烈な雨」が観測されています。

福岡県における被害

福岡県、特に福岡市では、6月29日朝に寒冷前線を伴った低気圧が通過した際、積乱雲が連なって発生する「バックビルディング現象」により局地的な豪雨が発生しました。降雨のピークは午前8時から9時台のわずか1～2時間で、短時間で記録的な降水量となりました。

この豪雨による被害は、洪水や土砂崩れに加え、特に福岡市中心部における地下空間への大規模な浸水が特徴的でした。要因としては、一連の梅雨前線による先行降雨で既に土壌が飽和状態だったこと、豪雨の発生時刻が博多湾の大潮の満潮時刻（9時34分）とほぼ同時だったこと、これにより河川の水位が上昇し外水氾濫が発生したことが挙げられます。さらに、当時の福岡市の下水道が設計上の処理能力（時間最大52mm）を超える雨量であったため排水が追いつかず、内水氾濫も同時に発生しました。外水氾濫と内水氾濫が複合的に発生したことで、JR博多駅や地下鉄博多駅、博多駅地下街、天神地下街など、駅周辺の広範囲な地下空間が浸水しました。

博多駅周辺は地盤が低い凹地形であったことも被害を拡大させる一因となりました。天神地下街では午前8時頃から、博多駅では午前10時半頃から浸水が始まりました。鉄道は一部区間で運休を余儀なくされ、交通網は麻痺しました。地下の最下層に受電設備を持つビルが多かったため停電も頻発し、都市機能が一時的に停止する事態となりました。博多駅周辺の地下空間を持つ182棟のうち、71棟で浸水が発生し、そのうち1メートル以上浸水した建物が29棟、完全に水没した建物が10棟に及びました。この災害で1名の死者が出ていますが、小規模なビルの地下で溺死した事例であり、雨水が階段や換気口から急速に流れ込み、消防隊が到着した時点で天井近くまで水位が達していたとされています。

広島県における被害

広島県、特に広島市や呉市では、6月29日午後に局地的な集中豪雨が発生しました。午前中に福岡で雨を降らせた低気圧は山陰沖へ進み、前線が中国地方に停滞しました。そこに南からの暖湿流が流れ込んだことで梅雨前線が活発化し、午後にかけて長くても2時間程度の短時間で猛烈な雨が降りました。降雨域は広島湾西側の山沿いに細長く分布しました。

この広島での災害の大きな特徴は、局所的な短時間豪雨により発生した土砂災害が多数を占めたことです。要因としては、まず地理的・地質的な背景があります。中国地方に広く分布する花崗岩が風化してできた「マサ土」は非常に崩れやすく、土砂災害の原因となりやすい性質を持ちます。被害が大きかった広島市と呉市はいずれも山地が市街地のすぐ近くまで迫っており、住宅地が急傾斜地に近接しているという地形的特徴がありました。広島市は太田川の三角州上の狭い平野に発展し、周辺を山に囲まれているため、宅地開発が山の斜面近くまで進んでいます。呉市もまた、入り江に形成された港湾都市であり、背後にはすぐに山が迫っています。

また、治山対策の不備も被害を拡大させた要因と考えられています。土砂災害が発生した山地では森林の保全に問題があり、樹木の根による土壌の緊縛力が不足していたため、土砂崩れや土石流が発生した際に樹木も一緒に流出し、被害を大きくしました。マツ枯れが治山機能を弱体化させた可能性も指摘されましたが、主因とするには当地域でのマツ枯れの程度が限定的であったため、他の要因、すなわち急傾斜地における崩れやすいマサ土の存在と森林保全の不備、そして比較的小規模であっても高速で市街地を襲った土砂流出が複合的に作用したと考えられています。

人的要因も被害拡大に影響を与えました。災害発生地域に住む多くの住民は、それまで土砂災害を経験したことがなかったため、土砂災害に対する危機意識が低く、行政からの避難の呼びかけに応じなかったり、自主的な避難行動をとらなかったりしたことが一因となりました。また、比較的離れた2箇所（広島市西部と呉市）で時間差を置いて局地的な災害が連続して発生したため、行政の対応が後手に回った側面もありました。

広島県内では、土石流が139箇所、がけ崩れが186箇所で発生しました。これらの災害は、当時広島県が指定していた土石流危険渓流や急傾斜地崩壊危険区域以外でも多数発生しています。また、大量の流木が草津漁港を埋め尽くし、漁業に深刻な影響を与えました。災害発生時刻が平日昼間から夕方で帰宅ラッシュと重なったため、JR山陽新幹線を含む鉄道やバスなどの交通機関で大混乱が生じ、道路の寸断により復旧に時間を要しました。

この災害による死者は広島県内で32名にのぼり、うち広島市西部を中心とした地域で20名、呉市を中心とした地域で12名でした。平日昼間に発生したため、死者の約6割にあたる20名が60歳以上の高齢者でした。最後まで行方不明とされていた男性の遺骨が2019年に発見され、最終的に行方不明者はゼロとなりました。

この災害は、1998年5月に施行された被災者生活再建支援法が初めて適用された事例であり、当初は広島市・呉市に限定されていましたが、後に広島県全域に拡大されました。また、広島での土砂災害を契機として、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律（通称「土砂災害防止法」）が制定されるなど、日本の災害対策史における重要な転換点ともなった災害です。

関連項目

気象学・気候学に関する記事の一覧
玄倉川水難事故 - 同年8月に神奈川県で発生した豪雨関連の水難事故
* 広島土砂災害 - 2014年8月に広島市で発生した別の土砂災害

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