8.5水害

8.5水害

1986年（昭和61年）8月4日から5日にかけて、東海地方から東北地方にかけての広い範囲を襲った大規模な水害は、「8.5水害」として知られています。この災害は、台風10号が形を変えた温帯低気圧が日本列島に接近し、その後東方海上へ進む過程で、特に東海・関東・甲信・東北の16都県に記録的な豪雨をもたらしたことによって引き起こされました。

概要

南の海上から日本列島に近づいた温帯低気圧は、三陸沖で一時停滞した後、本州の東方洋上で次第に勢力を弱め消滅しました。この低気圧がもたらした集中的な大雨により、各地で河川の氾濫や堤防の決壊、浸水が相次ぎ発生。この結果、16の都県で合計127名の死者・行方不明者・負傷者が出たほか、住家や非住家を含む建物被害は12万棟を超え、124,959棟に達するなど、広範囲にわたり深刻な被害をもたらしました。

各地の被害状況

宮城県

宮城県では、阿武隈川や名取川、鳴瀬川といった主要な河川で堤防が破れたり、水が溢れ出たりする箇所が多数発生しました。このため、仙台市、岩沼市、名取市、柴田町、鹿島台町など、広範囲にわたる地域が水浸しとなりました。

福島県

福島県では、中通り地方や浜通り地方で総雨量が200ミリから300ミリに達する猛烈な雨が観測されました。これにより、県内を流れる阿武隈川やその支流が大規模に氾濫し、県庁所在地の福島市をはじめとする阿武隈川沿いの市町村が甚大な被害を受けました。県全体で11名の死傷者が出て、約14,000棟の建物が被害を受けました。

特に、福島地方気象台（福島市）と小名浜測候所（いわき市）では、観測開始以来の24時間降水量記録が更新されるほどの記録的な大雨でした。

福島市では、阿武隈川と荒川の合流地点に近い南町地区で、堤防が決壊したことによる浸水被害が極めて深刻でした。住宅の1階部分が完全に水没してしまうほどの濁流が押し寄せた地域もありました。市北部にある飯坂温泉でも、温泉街の中心部を流れる摺上川が氾濫し、多くの旅館が浸水被害に遭いました。夏休み期間中であったため、観光産業にも大きな打撃を与えました。

中通り北部の伊達郡梁川町（現在の伊達市梁川地域）や、隣接する宮城県角田市、伊具郡丸森町でも、河川の増水による浸水などの被害が発生しました。また、中通り中部に位置する郡山市では、中央工業団地が水没。特に精密電子工業の工場が大きな被害を受け、この工業団地だけで約300億円もの経済的損失が発生しました。郡山市全体の被害額は、他の分野も含めると1,085億円を上回る額に達しました。

人的被害としては、県内で合計3名の死者が出ています。内訳は、安達郡岩代町（現在の二本松市）で1名、郡山市で2名です。

栃木県

栃木県内でも、各地で中小河川が水路から溢れたり、氾濫したりする状況が多数発生しました。特に茂木町では、8月5日の未明に逆川が氾濫し、市街地の大部分が1.5メートルを超える深さの濁流に呑み込まれました。この茂木町では、6名の方が犠牲となりました。

行政の対応と教訓

福島県では、この水害を受けて1986年8月8日から9月8日までの約1ヶ月間、災害対策本部を設置して対応にあたりました。被害が特に大きかった市町村に対しては、段階的に災害救助法が適用されました。具体的には、8月5日に福島市、伊達郡梁川町、安達郡本宮町（現在の本宮市）に、8月6日に郡山市、いわき市に、8月7日に須賀川市、相馬市に適用されています。さらに、9月30日には政府によって激甚災害にも指定され、復旧に向けた支援が本格化しました。

この水害で荒川や摺上川が氾濫したことは、その後の治水対策の必要性を強く認識させる契機となりました。かねてから計画が進められていた摺上川ダムの建設は、この災害を機にその推進が後押しされることになりました。

また、この8.5水害での経験、特に阿武隈川沿いで発生した広範な浸水被害は、後の防災対策に活かされました。例えば、ハザードマップの作成が進められるなど、地域住民や行政の災害への意識を高めることにつながりました。1998年に再び阿武隈川沿いが集中豪雨に見舞われた際には、これらの対策が功を奏し、被害が比較的抑えられた側面もあります。しかし、2019年の令和元年東日本台風では、この8.5水害を上回る雨量が観測され、再び甚大な被害が発生するなど、自然災害の脅威は常に存在することを示しています。

この水害の記憶として、福島県庁の脇にある隈畔（河畔）や、伊達市内の橋桁には、当時の水位を示す記録が残されています。また、この年のふくしま花火大会は、災害の影響で秋への開催延期を余儀なくされました。

関連事項

令和元年東日本台風（2019年）
台風の日本上陸がゼロの年に発生した水害
東海豪雨（2000年）
平成20年8月末豪雨（2008年）
* 令和2年7月豪雨（2020年）

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