AGS・JH21C

AGS JH21C：フランスの小さなチームが挑んだF1への道

1986年、F1世界選手権のグリッドに、異色のマシンが登場した。フランスのレーシングチーム、AGSが製作したAGS JH21Cである。このマシンは、AGSのF1挑戦の始まりであり、数々のドラマを秘めた一台として、F1史にその名を刻んだ。

AGS：F1への長い道のり

AGSは1969年、フランスの小さな町、ゴンファロンで設立された。当初は自動車修理店をベースに、フォーミュラ・フランスやフォーミュラ・ルノーといった下位カテゴリーで活動していた。しかし、チーム創設者アンリ・ジュリアンは、常にF1への夢を抱いていた。

着実にステップアップを続け、フォーミュラ2ヨーロッパ選手権にも参戦。常にオリジナル車両を開発し、その設計は一貫してクリスチャン・バンダープレインが担当した。1979年には、アラン・クーデールをドライバーに迎え、オーロラF1シリーズにも挑戦している。

その後、ルノーへの技術支援を打診するなど、F1へのアプローチを模索。ルノーはこれを拒否するものの、1985年にF1ワークス参戦を終了したことで、AGSはルノーのスペアパーツの一部を引き継ぐ幸運を得た。RE40のカーボンファイバー製モノコックやRE60のサスペンション、ブレーキといった、貴重なコンポーネントが手に入ったのだ。しかし、ルノーのターボエンジンは入手できなかった。

JH21C：ルノーの遺伝子を受け継いだマシン

AGS JH21Cは、ジュリアンが購入した1983年型ルノーRE40のモノコックをベースに開発された。バンダープレインにとって、カーボンファイバー製モノコックの製作は初めての経験だった。それまでのAGSのマシンはアルミニウム製モノコックを採用していたため、これは大きな挑戦であった。

設計にあたっては、ルノー製モノコックのデザインを参考にしながらも、リアサスペンションやギアボックスにはRE60のものを採用。エンジンは、当初ルノー製ターボエンジンを期待していたものの、入手できず、モトーリ・モデルニ製のV6ターボエンジンを搭載することとなった。ミナルディが独占的に使用していたこのエンジンは、AGSにとって最初で最後の外部供給エンジンとなった。タイヤはピレリ、そして、メインスポンサーであるメキシコの靴・衣料品会社エル・チャーロのカラーである白を基調としたカラーリングが施された。

しかし、JH21Cは重量過多という問題を抱えていた。公式発表では560kgとされたものの、実際はそれ以上の重量だったと推測されている。

命名法：JH21Cという謎

AGSは、これまでゴンファロンで製作したマシンに連番で名称を付けていた。アルファベットは、元のモデルが大幅に改良された場合に付加された。しかしJH21Cは、この命名規則からは外れている。JH21、JH21A、JH21Bといったマシンは存在しないのだ。この謎は、現在も議論の的となっている。

また、フランスの自動車博物館にはAGS JH21Dが展示されている。これはレースに出場した記録はないものの、外装はJH21Cと酷似している。レプリカである可能性が高いと考えられるが、JH22の残骸から再構築された可能性も指摘されている。

レース戦績：イタリアとポルトガルでの挑戦

JH21Cは、元フェラーリドライバーのディディエ・ピローニによってテストされた後、1986年イタリアグランプリでF3000トップランカーであったイヴァン・カペリをドライバーに迎えF1デビューを果たした。予選では25位と低迷したが、決勝は31周目にパンクでリタイア。続くポルトガルグランプリでも、6周目にサスペンションの破損によりリタイア。予算の問題から、残りのレースには参戦しなかった。

この経験を活かし、AGSは翌1987年にはコスワースDFZエンジンを搭載した新型マシンJH22でフル参戦を開始する。JH21Cは、現在フランスのロエアックのマノワール・ドゥ・ロトモビルに展示されている。

AGS JH21Cは、小さなチームの大きな挑戦の歴史を示す象徴的なマシンであると言えるだろう。その物語は、技術的挑戦と予算、そしてF1という世界の厳しさを改めて感じさせてくれる。数々の困難を乗り越えながら、F1の世界に挑んだAGSのスピリットは、今もなお多くの人々に感動を与え続けている。

もう一度検索