ARPANET

ARPANET（アーパネット）とは

ARPANET（Advanced Research Projects Agency Network）は、1960年代にアメリカ国防総省高等研究計画局（ARPA、後のDARPA）が資金提供し、開発された世界初のパケット通信コンピュータネットワークです。インターネットの原型であり、現代のデータ通信技術の基盤となっています。

歴史

ARPANET以前の通信は、電話回線のように専用の電気的接続を必要とする回線交換方式が主流でした。しかし、ARPANETでは、データを小さなパケットに分割してネットワーク上を転送するパケット交換方式を採用しました。これにより、複数のコンピュータが単一の通信回線を共有し、効率的なデータ通信が可能になりました。

ARPANETの構想は、BBNテクノロジーズのJ・C・R・リックライダーによるタイムシェアリングシステムの研究に端を発します。リックライダーは、1960年の論文でリソース共有のためのネットワークの可能性に言及し、1963年にはARPAにコンピュータネットワーク構築を提案しました。

リックライダーの後を継いだアイバン・サザランドとロバート・テイラーは、ARPAの資金で開発されたコンピュータ群へのアクセスを容易にするため、ネットワーク構築に関心を持ちました。テイラーは、異なるコンピュータに接続された複数の端末を使う不便さから、1つの端末でどこにでも接続できるネットワークを構想し、これがARPANETの基礎となりました。

1966年、テイラーは本格的なコンピュータネットワーク構築のためARPAから予算を取り付けました。ネットワーク構築には専門技術者が必要だったため、ローレンス・ロバーツがIPTOにリクルートされ、ARPANETの基本仕様をまとめた指示書を作成しました。この指示書では、負荷分散、メッセージサービス、情報共有、プログラム共有、遠隔ログインなどの機能が示されました。

ロバーツは、タイムシェアリングシステムに通信管理を専門に行わせる小型コンピュータ（IMP）を導入することを提案しました。IMPは、現在のルーターの前身となるもので、各サイトでストアアンドフォワード型のパケット交換機として機能し、専用線で相互接続されました。

1969年4月、BBNテクノロジーズとネットワーク構築の契約が結ばれました。BBNは、ARPAの計画に沿って、IMPを活用したネットワークを構築しました。第一世代のIMPは、ハネウェルのDDP-516をベースに開発され、最大4台のホストコンピュータを接続でき、最大6台のIMPと相互接続が可能でした。

ARPANETの目的についての議論

ARPANETは、核攻撃に耐えるように設計されたネットワークであるという説が広まっていますが、インターネットソサエティはこれを否定しています。一方で、ARPANETの開発に関わったステファン・J・ルカシックは、核の脅威に対する軍事的指揮と制御のニーズを満たすことが目的だったと述べています。

しかし、ARPA局長のチャールズ・ヘルツフェルトは、ARPANETは、地理的に離れた場所にいる研究者が、限られた数の高性能コンピュータを共有するための手段として始まったと説明しています。

パケット通信の先駆者ポール・バランは、テイラーが異なるマシンに接続した複数の端末を使っていた経験から、1つの端末でどこにでも接続できるネットワークを構想したことがARPANETの起源だと述べています。

村井純は、ARPANETが軍事用に開発され、民間に転用されたという説に対して、ARPAの基金が非主流で非軍事的な分野を対象としていたこと、アメリカ軍が湾岸戦争でTCP/IP技術の有用性を認識したことを指摘しています。

ARPANETの始動

1969年10月29日、UCLAの学生プログラマ、チャーリー・クラインがARPANET上で最初のメッセージを送信しました。メッセージは、UCLAからスタンフォード研究所に「login:」というテキストを送信しようとしたところ、「lo」まで送信したところでシステムがクラッシュしました。そのため、ARPANET初のメッセージは実際には「LO」となりました。約1時間後、復旧し、当初のテキストメッセージ全体の送信に成功しました。

1969年11月21日には、UCLAとスタンフォード研究所の間で恒久的なリンクが確立され、12月5日には4ノード間のネットワークが完成しました。

発展と進化

1970年3月には、ARPANETがアメリカ東海岸にまで広がり、その後も接続ノードが増加しました。1973年には、ノルウェーが人工衛星通信リンクでARPANETに接続し、アメリカ以外で初めてARPANETに接続した国となりました。1975年には、ARPANETが稼働状態にあると宣言され、国防情報システム局が運営を引き継ぎました。

1980年には、BBN ARPANETルーティングアルゴリズムが提案されましたが、負荷適応型ルーティングの実運用は困難であることが判明しました。1981年には、東北大学がALOHAnet経由でARPANETに接続し、日本で初めてARPANETに接続しました。

1983年には、ARPANETのアメリカ軍関係部分がMILNETとして分離し、その後、Defense Data Network（DDN）として発展しました。軍関連の分離により、ARPANETは113ノードから68ノードに縮小しました。

技術

1970年には、IMP間の回線として230.4 kbit/sまでをサポートしましたが、コストとIMPの処理能力を考慮すると、そこまでの通信容量を使い切ることはありませんでした。1971年には、Honeywell 316を使ったIMPが登場し、端末サーバ（TIP）としても構成できるようになりました。

1983年、国防省の方針でNCPがTCP/IPに切り替えられ、ARPANETは初期のインターネットのサブネットとなりました。これは、今日のインターネットにおけるTCP/IPの使用にとって決定的な条件の一つとなりました。

ARPANETの退役と後世への影響

NSFNetの拡大に伴い、ARPANETは縮小していき、1990年2月28日に正式に退役しました。ARPANETの退役後、ヴィントン・サーフは「ARPANETの挽歌」と題して哀悼の意を表しました。

1988年、上院議員アル・ゴアは、High Performance Computing and Communication Act of 1991 という法案を作成し、これが可決されたことで、National Information Infrastructure (NII) が生まれました。2009年には、IEEEマイルストーンにARPANET関連で2件が選ばれました。

ソフトウェアとプロトコル

ARPANETでの最初のホスト間通信プロトコルは1822 protocolで、IMPへのメッセージ転送を定義したものでした。その後、Network Control Program (NCP) が導入され、各種ホストコンピュータの各種プロセス間で信頼性のある通信リンクを確立できるようになりました。1983年には、TCP/IPがNCPおよび1822 protocolに取って代わり、現在に至っています。

ネットワークの応用

NCPが標準のネットワークサービスを提供したことで、単一のホストコンピュータ上で複数のアプリケーションが動作可能になり、電子メール、ファイル転送、音声トラフィックなどの応用が生まれました。1983年にARPANETがインターネットに移行した際、これらのアプリケーションプロトコルもTCP/IP上に移植されました。

メディアにおけるARPANET

ARPANETは、ドキュメンタリー映画やテレビ番組、小説、ゲームなど、様々なメディアで取り上げられてきました。これらの作品は、ARPANETの歴史や技術、影響力を後世に伝える役割を果たしています。

ARPANETは、パケット交換技術を実用化し、現代のインターネットの基礎を築いた画期的なネットワークです。その開発に携わった人々や、そこから生まれた技術は、今日の情報社会において重要な役割を果たしています。

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