An-225 (航空機)

An-225 ムリーヤ：大空を舞った巨象の軌跡

ウクライナの言葉で「夢」や「希望」を意味する「ムリーヤ（Мрія）」という愛称で呼ばれたAn-225は、旧ソビエト連邦時代のアントノフ設計局（現在のウクライナのANTKアントーノウ）が開発した、類まれな6発エンジンの大型輸送機です。その圧倒的なサイズから「世界最大の飛行機」として知られ、数々の記録を打ち立てた「史上最大」かつ「世界最大」の航空機でした。

開発と構造

An-225の開発は1980年代後半、ソビエト連邦が進めていた再使用型宇宙往還機「ブラン」を輸送するという特殊な任務のために始まりました。ブランの輸送には、An-225の他にVM-Tアトラントも製造されています。

機体設計は、先行して開発された大型輸送機An-124ルスラーンを基に、開発期間を短縮する形で進められました。An-124からの主な変更点として、胴体の延長、エンジンの数を4基から6基への増強、主降着装置の10脚から14脚への増加が挙げられます。また、軽量化と構造簡略化のため、後部貨物扉は廃止されましたが、その代わりに機首部分の前脚を傾けることで機体を前傾させ、積載作業を容易にする機能が備わっていました。尾翼がH字型の双尾翼となっているのは、機体上部にブランを搭載した際に発生する後流の影響を抑えるためであり、これはブラン搭載装置の跡とともに本機特有の外観を形成しています。

機内とペイロード

An-225の機内、特に操縦室は伝統的なアナログ計器が中心でしたが、改修により一部デジタル化も進められました。最大の特徴はその広大な貨物搭載能力です。An-124の150[トン]]、アメリカ空軍のC-5の122トンを遥かに凌駕し、公称で250トン（開発当初は225トン）もの貨物を搭載可能でした。国際航空連盟]によって世界記録として認定された実飛行では、253.820[[トンもの貨物を搭載した実績があります。また、元来ブランを胴体上部に搭載する設計であったため、最大250トンまでの貨物を機体上部に積むことも可能でした。

貨物室は与圧されていませんでしたが、その容積はもし旅客仕様に転用された場合、1,500人から2,000人もの乗客を収容できるほど巨大でした。操縦室の後方には、キッチンや座席を備えた与圧区画があり、乗員の休憩スペースや、最大70名までの人員（貨物監視員や顧客など）を輸送するスペースとして利用されていました。

驚異的な機動性

「世界一重い航空機」という肩書きに反し、An-225は驚くほど高い機動性を持ち合わせていました。強力でレスポンスの良い6基のエンジンに加え、大型の前縁スラットや後縁フラップ、そして双尾翼といった設計要素が、これを可能にしていました。パイロットからは「戦闘機並みの機動が可能」と評されるほどで、航空ショーでは巨体による急上昇や低空での急旋回など、アクロバティックな飛行を披露し、観客を魅了しました。

世界記録と歴史における位置づけ

An-225は最大離陸重量640トンという記録だけでなく、様々なカテゴリーでFAI公認の世界記録を保持していました。FAIは2004年だけで240もの世界記録をギネス世界記録に申請しています。

航空機の「大きさ」を測る指標には、全長、全幅（翼幅）、重量などがあります。全長84.0メートルを誇るAn-225は、1988年の初飛行以来、「史上最長の重航空機」および「史上最長の飛行機」の記録を保持し続けていました。これは、ボーイング777-9 (約76.7m)や747-8 (約76.2m)といった他の大型機を凌駕する数値です。また、最大離陸重量（640トン）という点でも、An-225は他の追随を許さず、「史上最大の航空機（重量・揚力基準）」としての地位を確立していました。

一方で、全幅では、後発のストラトローンチ（約117.3m）や、歴史的なH-4ハーキュリーズ（約97.5m）に次ぐ3位となりました。しかし、ストラトローンチやH-4が限定的な飛行に留まっているのに対し、商用輸送機として実際に運用されたAn-225は、「幅の広い実用航空機」としては事実上の最大であり続けていました。また、量産された航空機に限定すれば、原型機であるAn-124ルスラーンが史上最大となります。

運用と日本への飛来

ブラン輸送という本来の任務は一度きりで終わったAn-225は、ソ連崩壊後の混乱期には運用予算が打ち切られ、ウクライナの工場で長期間放置され、部品取りの対象となるなど、事実上のスクラップ状態に陥りました。しかし、1999年にアントノフ航空が超大型貨物輸送ビジネスで成功を収めたことを受け、An-225を商用機として復活させる計画が発表されました。約1年間の大規模改修を経て再就役した本機は、以降、特大・大重量貨物輸送の分野で唯一無二の存在として活躍しました。

日本にも何度かその巨体を見せています。2010年2月にはハイチ地震の復興支援物資輸送のため成田国際空港に初飛来。その後も中部国際空港へのテクニカルランディングや、東日本大震災の救援物資・原発事故対応機材輸送、そして2020年の新型コロナウイルス関連医療物資輸送などで日本の空に姿を現し、その都度大きな注目を集めました。

悲劇的な終焉と未来への希望

An-225ムリーヤの最後の商業任務は2022年2月上旬でした。任務を終え、エンジンの交換作業のためにウクライナのホストーメリにあるアントノフ国際空港に戻っていたところ、2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻に巻き込まれます。空港を巡る激しい戦闘の中で、格納庫にあったAn-225は損傷し、炎上している様子が伝えられました。同年2月27日にはウクライナ政府がその破壊を公式に認めました。その後の調査や報道により、機体は完全に焼損・破壊された状態であることが確認されました。

この悲劇を受け、アントノフ社はAn-225の修復に向けた国際基金の設立を表明。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、破壊された機体の代替として、製造が途中で放棄されていた2号機を完成させる計画を発表しました。組み立てが60～70%まで進んでいたとされる2号機は、長らくキーウの工場にモスボール保存されていましたが、この計画が実現すれば、再びAn-225が空を舞う「夢」や「希望」が現実となるかもしれません。

An-225ムリーヤは、史上最大の航空機として、そして困難な時代を経て復活を遂げた象徴として、世界中の航空ファンや多くの人々の記憶に深く刻まれています。その物理的な存在は失われましたが、「ムリーヤ」という名に込められた希望は、未来への再建への願いとして受け継がれています。

（注：2023年3月には、An-225破壊に関連し、空港の防御態勢に関する疑いでアントノフ社の幹部が拘束される事案も発生しています。）