D-VHS

D-VHS：VHS方式をデジタル化し、ハイビジョン記録を実現した規格

D-VHS（ディー・ブイエイチエス）は、家庭用ビデオデッキとして広く普及したVHS方式を基盤に、デジタル放送に対応させた規格です。日本ビクター（現JVCケンウッド）が、アメリカ合衆国で開始されたCSデジタル放送の信号をVHSテープに直接記録するために開発しました。規格名の頭文字「D」は「Digital」ではなく「Data」の略称である点に注意が必要です。

記録方式とインターフェース

D-VHSは、磁気テープやローディング機構など、基本的なメカニズムは従来のVHS方式を継承しています。アナログ放送の記録・再生は、従来のVHSまたはS-VHSと同じ方式で行われます。しかし、デジタル放送の記録においては、デジタル信号をエンコードすることなく直接記録するビットストリーム記録方式を採用している点が大きな違いです。映像記録にはMPEG-2 TS方式を採用しており、これはBlu-ray Discでも用いられている方式です（厳密には、Blu-ray DiscがD-VHS規格に準拠した形と言えます）。

D-VHSデッキには、アナログ映像信号をMPEG-2信号に圧縮するエンコーダと、その逆変換を行うデコーダが搭載されていますが、機種によっては片方または両方が省略されているものもありました。データ記録方式は、DVDなどで用いられる可変ビットレート（VBR）ではなく、固定ビットレート（CBR）を採用しています。

デジタル記録の場合、VHS120分テープ相当のD-VHSテープ（DF-240）で、ハイビジョン記録（HSモード）では1倍速、標準解像度記録（STDモード）では2倍速、長時間記録モード（LSモード）では最大6倍速の記録が可能です。D-VHSテープに記載されている時間は、STDモードでの記録時間を示しています。HSモードでは、1080iと720pに対応していました。

デジタル放送受信機（STB）との接続にはi.LINK（IEEE 1394）を採用し、映像・音声・制御信号・番組情報を双方向に通信して記録することができました。DV端子と形状は同じですが、信号の種類が異なるため（MPEG-2 TSフォーマット）、DV方式の家庭用デジタルビデオカメラは接続できませんでした（ただし、DVビデオカメラ用の信号を扱えるデッキも存在しました）。MPEG-2デコーダを内蔵していないD-VHSデッキでは、STBなどのMPEG-2デコーダを通して再生する必要がありました。

記録には、S-VHSテープを改良したD-VHSテープを使用します。外見は通常のVHSテープとほぼ同じですが、高磁力のコバルト被着型磁性粉を採用し、記録性能が向上しています。テープの種類を識別するための識別孔も設けられていました。デジタル記録されたD-VHSテープは、従来のVHS/S-VHS/W-VHSデッキでは再生できませんが、D-VHSデッキでは、VHS/S-VHS/W-VHSテープの記録・再生も可能です。一部機種では、S-VHSテープやハイグレードVHSテープでもデジタル記録が可能でした。

パソコンとの接続にはi.LINKを使用でき、MPEG-2エンコード映像の編集が可能な製品もありました。Windows XP搭載パソコンでは、「JVC Tape Device」として認識される機種も存在し、フリーウェアを用いることで、D-VHSデッキを使ったMPEG-2キャプチャも可能でした。

D-VHSの歴史

D-VHSの開発は1995年に始まり、1997年にはアメリカ市場向けにCSデジタル放送STB一体型のD-VHSデッキが発売されました。当初はデジタル放送受信機との組み合わせが前提で、単体でのデジタル放送の再生はできませんでした。しかし、1999年にはMPEG-2エンコーダ・デコーダを内蔵した機種が登場し、アナログ放送のデジタル記録・再生が可能になりました。

1998年には、ハイビジョン記録可能なHSモードと、長時間記録可能なLSモードが規格に追加されました。HSモードは、当時の家庭用機器としては唯一、BSデジタル放送を完全な画質で記録できる規格でした（転送レート28.2Mbps）。D-VHSテープは、後に最長480分（DF-480）に対応したものが発売されました。

D-VHSデッキを発売したメーカーは、日本ビクター、松下電器産業（現パナソニック）、日立製作所、三菱電機などがあり、ソニー、シャープ、東芝もOEM供給を行っていました。しかし、2008年には全てのメーカーが生産を終了しました。

2009年には、BSデジタル放送の再編に伴い、一部のD-VHS機器で録画に支障が出る可能性が発表されました。これは、放送のビットレートがD-VHSの設計上限を超える可能性があったためです。2018年の4K・8K放送推進ロードマップに伴い、BSデジタル放送のビットレートが低下したため、この問題は解消されました。

メリットとデメリット

BDレコーダーが登場する以前は、ハイビジョン画質でデジタル記録できる唯一の媒体としてD-VHSは存在感を示していましたが、BDレコーダーの普及により、そのメリットは相対的に減少しました。

メリット
テープ方式による大容量記録（DF-480で50.7GB）
コピーフリー番組のDVD/BDレコーダーへのダビング
高い保存安定性

デメリット
テープ媒体のため頭出し時間がかかる
映像のトリックプレイ機能が限定的
テープの傷や汚れに弱く、長時間モードでのエラー発生率が高い
一部の初期機種はMPEG-2デコーダ非搭載
ハイビジョン録画・ダビング手段がi.LINK経由に限定
生産終了により、新規導入が困難
テープ媒体のサイズが大きい
D-VHSテープおよび代替テープの入手困難
BDメディアの価格低下により、価格逆転

他規格との連携

Blu-ray Discの普及により、多くのメーカーがD-VHSから撤退しました。パナソニックは、一部のBDレコーダーでD-VHSテープへのダビングをサポートしていましたが、i.LINK端子の搭載は減少傾向にありました。

ソフトウェア

ハイビジョン記録パッケージ規格「D-Theater」も開発されましたが、日本市場でのソフトの発売は非常に限られており、現在は事実上存在していません。D-VHSテープも生産終了しており、新品の入手は困難です。

まとめ

D-VHSは、その時代の技術を駆使したハイビジョン記録媒体として一定の役割を果たしましたが、Blu-ray Discをはじめとする新たな技術の台頭により、歴史の舞台から退場しました。現在では、コレクターアイテムとしての価値が中心となっています。

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