F1スピリット

F1スピリット THE WAY TO FORMULA-1

『F1スピリット THE WAY TO FORMULA-1』は、1987年にコナミ（現在のコナミデジタルエンタテインメント）からMSX向けに発売された、リアルなモータースポーツの世界を追体験できるレーシングシミュレーションゲームです。本作は、同社の名作シューティング『グラディウス2』と並び、コナミ独自開発の拡張音源チップSCCを初めて搭載したタイトルとしても歴史に名を刻んでいます。本稿では、その革新的なゲーム性とともに、続編である『F1スピリット 3Dスペシャル』についても触れていきます。

ゲーム概要

ゲームの視点は、コース全体を見渡せるトップビューを採用。画面が縦方向にスクロールしながらレースが進行します。先行する同社のアクションレースゲーム『ロードファイター』の基本的な操作感を受け継ぎつつ、本作の大きな特徴となっているのが、縦スクロールと同時に横スクロールも併用している点です。これにより、単なる直線や緩やかなカーブだけでなく、横方向への激しい振れを伴う高速コーナーや、切り返しを要する中低速コーナーといった多彩なコースレイアウトを表現。古典的なトップビューながら、コースの複雑さと相まって、ゲームプレイに深みと独特のスピード感をもたらしています。スクロールは常に上方向への進行のみで、逆方向に進むことはありません。

本作の魅力の一つであるSCC音源への対応には、開発段階でのエピソードがあります。当時、SCC音源チップはまだ完成しておらず、音源パート数が増えることは分かっていたものの、実際に音を出す環境がありませんでした。そのため、開発チームは2台のMSX本体に別々の楽譜データを入力し、それらを同時に鳴らすことで楽曲を制作するという工夫を凝らしていました。

同時代には、ナムコがファミリーコンピュータ向けに『ファミリーサーキット』という類似ジャンルの作品をリリースしています。両作を比較すると、『F1スピリット』は他車との接触判定が存在する一方で、コース幅が比較的広く、プレイヤー車両も小さめに描かれています。また、低速コーナーやシケインを除けば、コースの縦横比が急になりすぎない点なども違いとして挙げられます。

プレイヤーは駆け出しのレーシングドライバーとしてキャリアをスタートさせます。最初は下位カテゴリーのレースに参戦し経験を積み、最終的にモータースポーツの最高峰であるF1での優勝を目指します。F1の全レースでトップチェッカーを受けることが、ゲームクリア、すなわちエンディングとなります。

各レースには定められた周回数があり、コースカテゴリーによって異なります（RALLY, F3000, ENDURANCEは3周、その他は4周）。ゴール時に9位以内に入賞することで、新しいコースを解放するために必要なクオリファイポイントを獲得できます。レース中は多数の一般車両（ザコ車）が出現し、これらを避けながら走行しますが、単にザコ車を抜くだけでは順位は上がりません。自分と同等の速度で走行する青色のライバル車を追い抜くことで初めて順位アップとなります。また、ゲーム内部には標準タイムが設定されており、これを上回るペースで走行している場合は、ザコ車を抜いても一定確率で順位が上がりにくくなります。これは、周回遅れの概念を表現するための工夫とされています。

プレイヤー車両は、クラッシュしたり他車やコース脇のガードレールに接触したりすると、ペナルティとして燃料（最大7ゲージ）が1ゲージ減少します。加えて、一定の確率で車両の特定パーツが破損し、走行性能に悪影響が出ます。破損するパーツは、フロントタイヤ（コーナリング性能低下）、ブレーキ（制動力低下）、エンジン（加速・最高速低下）、リアタイヤ（直進性低下）のいずれかです。特にエンジンが破損すると、上位入賞は非常に困難となります。燃料が尽きると加速不能になり、停止またはクラッシュでリタイアとなります。順位を気にしなければ、後方から来るザコ車に追突してもらうことで、かろうじて完走することも不可能ではありません。

本作は2人同時プレイにも対応しています。1人プレイ時に画面右側に表示されていた情報は簡略化され、画面が上下に分割された専用レイアウトとなります。2人のプレイヤーは同一のコースで競い合い、クオリファイポイントも個別に獲得します。1人プレイか2人プレイかはレースごとに選択可能で、2人プレイ時はライバル車は出現しません。

1991年にはゲームボーイ版も発売されましたが、ライバル車両との接触判定が削除されるなど、いくつかの差異が見られます。公式には他の家庭用ゲーム機への移植はありませんが、当時の著作権法が未整備だった韓国では、Zemina社によってセガ・マスターシステム向けに移植された海賊版が存在します。

マシンセッティング

各レースに挑む前には、自車のセッティングを調整できます。セッティング方法は、あらかじめ用意された3種類のセットから選ぶ「READY MADE」と、各パーツを個別に設定する「ORIGINAL DESIGN」があります。ORIGINAL DESIGNでは以下のパーツを変更できます。

ENGINE: 6種類。加速、最高速度、燃費に影響。選択と走法次第で無給油完走も可能。
BODY: 3種類。右に行くほど軽量だが破損しやすく、左に行くほど頑丈で重い。
BRAKE: 3種類。右に行くほど強力だが効きが持続しにくく、左に行くほど穏やかで安定している。
SUSPENSION: 3種類。右に行くほどコーナリング性能が高いがスピンしやすく、左に行くほどコーナリング性能は低いがグリップが安定している。
GEAR: 3種類。左はオートマチック。中央は低速域、右は高速域での加速に重点を置いたギア比。

ピットイン

クラッシュなどにより車両のパーツが破損した場合や、燃料が少なくなった場合は、コース上に設けられたピットエリアに停車することで修理と給油が可能です。ピット作業中に他の車両は走行を続けるため、ピットインのタイミングはレース戦略上非常に重要となります。ピット作業は任意で切り上げられますが、十分に時間がかからなかった場合は破損パーツが完全に修理されない可能性もあります。パーツ破損とピットでの修理というアイデアは、前年に稼働した同社アーケードゲーム『WECル・マン24』から取り入れられています。

コース

ゲーム開始時は、「STOCK」「RALLY」「F3」の3種類のコースしか選択できません。参戦可能なコースで好成績を収めることで獲得できるクオリファイポイントを累積することで、新たなコースが解放されていきます。最初の目標は12ポイント到達で3コース（F1 ROUND1 BRAZILまで）が追加され、以降はポイントを重ねるごとに2コースずつ選択肢が増えます。次のコース解放に必要なポイントは徐々に厳しくなります。一度解放されたコースには何度でも挑戦でき、クオリファイポイントは各コースでの最高順位に応じて付与され、一度獲得したポイントが失われることはありません。コースの進行状況や獲得ポイントは、パスワードによって記録・再開が可能です。F1カテゴリーのコースは、ゲームが発売された1987年当時の実際のF1グランプリ開催地をモデルとしています。エンデュランスコースは、ル・マン24時間レースの舞台であるサルト・サーキットがモチーフと推測されます。

F1最終戦であるオーストラリアGP（アデレード市街地コース）を出現させるためには、合計180ポイントという多くのクオリファイポイントが必要です。これは実質的に、それまでに出現する全20コースで一度は1位でゴールすることを意味します。そして、このオーストラリアGPで優勝を果たすことでゲームのエンディングを迎えます。

派生作品: A1スピリット

パナソニックから発売された操縦桿型ジョイスティック「ジョイハンドル」の付属ソフトとして、『A1スピリット』というタイトルで本作が提供されました。基本的なゲーム内容は『F1スピリット』と同一ですが、パナソニック製MSXのシリーズ名にちなんでタイトルが変更されています。また、マシンセッティングでREADY-MADEを選択した場合に表示される車両グラフィックが、車ではなく飛行機のようなデザインに置き換えられています。ただし、この飛行機デザインは非常に高速で、ゲームプレイには適していませんでした。

続編: F1スピリット 3Dスペシャル

1988年秋、新しいMSX規格であるMSX2+の発表に合わせて、その専用ソフトとして『F1スピリット 3Dスペシャル』が登場しました。本作の最大の特徴は、MSX2+の新機能である横スクロール機能と走査線割り込み（ラスタースクロール）を組み合わせることで、フロントビューによる擬似的な3D表現を実現した点です。これによりグラフィックは進化しましたが、前作のトップビュー特有のスピード感は失われたとも評されます。

クオリファイシステムなど、ゲームの基本的な進行は前作のものを踏襲しています。しかし、マシンセッティングはさらに詳細化され、タイヤの種類選択やウィングのダウンフォース調整といった、より専門的な項目が追加されました。2人同時プレイは、コナミが発売した「マルチプレイヤーケーブル」を使用してMSX2+本体同士を接続することで可能になりました。対戦には本体とモニターだけでなく、ソフトも2組必要です。

サウンド面では、MSX2+に標準搭載されたMSX-MUSIC（FM音源）とPSG音源に対応しています。後に発売されたサウンドトラックのライナーノーツでは、MSX-MUSICへの対応にあたって作曲上の制約があったことが述べられています。本作は結果的に、コナミからリリースされた唯一のMSX2+専用ソフトとなり、MSX-MUSICへの本格対応タイトルとしても珍しい存在となりました。ただし、以降のMSX2対応ソフトの一部では、MSX2+の機能にも対応する形で両対応としてリリースされています。

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