HD 172555

くじゃく座に位置する恒星、HD 172555（HR 7012）は、見かけの明るさが4.78等級と肉眼でも捉えられます。地球からの距離は年周視差に基づき、およそ94光年と算出されています。がか座β運動星団の一員であり、年齢はおよそ2300万年と非常に若い恒星です。

HD 172555はA型星（A7 V）に属し、質量は太陽のおよそ1.7倍、半径は約1.6倍、表面温度は7,800ケルビン程度、光度は太陽の約8倍と考えられています。

この星は単独ではなく、東方向約1.2分角離れた9等級の星CD -64°1208と連星を形成しているとみられます。CD -64°1208自体も近接した2つの星からなるため、全体として三重連星系を形成している可能性が高いと推測されています。伴星系は主星からおよそ2000天文単位（au）離れています。

HD 172555の特筆すべき特徴は、その周囲を取り巻く残骸円盤の存在です。赤外線天文衛星IRASによる赤外線超過で星周塵が発見され、その後の観測で温かい塵（約290 K）であり、微細な粒子が多く含まれることが判明しました。詳細なスペクトル分析から、塵の主成分は小さなケイ酸塩鉱物であり、組成が他の星の塵と比較して特異であることが示されています。

この星周塵の粒子径分布は、ミクロン以下の微細な塵が豊富で、比較的最近、古くとも10万年以内に、新たな塵を供給する出来事があったことを強く示唆しています。塵の総質量は大型小惑星一つ分に相当し、中心星から太陽系の小惑星帯に似た位置に分布しています。また、大量の気相一酸化ケイ素（Si O）や、非常に大きな礫も存在します。これらの構成要素は、巨大な岩石質の微惑星同士の非常に高速な衝突に起源があるという説を裏付けています。水星サイズと月サイズの天体が衝突し、ケイ酸塩鉱物が蒸発してSi Oが生じたというシナリオが提唱されています。

星周円盤は観測で空間構造が分解されており、視線に対して真横（エッジ・オン）に近い角度で傾いています。塵の熱放射が最も強い領域は中心星から8 au以内、円盤全体は外側へ11 au程度まで広がっているとみられています。2000 au離れた伴星系は、この円盤に大きな影響を与えません。

残骸円盤に加え、様々なガス成分も検出されています。酸素原子の禁制線や一酸化炭素分子の輝線が観測され、気相のSi OやCOが破壊されないためには供給機構が必要であり、巨大衝突がその役割を果たしている可能性が指摘されています。一酸化炭素は中心星から6〜9 auの範囲にリング状に分布し、塵の分布と似ています。

さらに、HD 172555からは、「落下する蒸発天体（FEBs）」、すなわち太陽系外の彗星のような天体の痕跡が発見されています。カルシウムイオン（Ca II）や炭素イオン（C II）の突発的な吸収線が観測され、これらは星の前面を通過する蒸発天体からのガスが原因と考えられています。精密な測光観測で天体通過時の減光が捉えられ、FEBsの軌道や大きさが、他の星で観測された系外彗星の痕跡と非常によく似ていることが明らかになっています。

HD 172555は、がか座β星と同様に、デブリ円盤での巨大衝突や系外彗星の活動など、惑星系進化の初期段階におけるダイナミックな現象を観測できる、重要な研究対象です。

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