HIP 13044 b

HIP 13044 bは、地球から約2300光年（約710パーセク）離れた位置にある赤色巨星HIP 13044の周囲を公転していると考えられている太陽系外惑星の候補天体です。2010年にヨーロッパ南天天文台（ESO）が、チリのラ・シヤ天文台で行った視線速度観測の結果に基づいてその発見が報告されました。この天体は、発見当初、天の川銀河の外に起源を持つ恒星の周りで見つかった初めての太陽系外惑星候補として、世界中の天文学者から注目を集めました。しかし、その後の詳しい観測やデータの再解析によって、惑星が存在することを示す十分な証拠が得られなかったため、現在その実在性には疑問が投げかけられています。太陽系外惑星の公式なデータベースである「太陽系外惑星エンサイクロペディア」においても、HIP 13044 bの状態は「Unconfirmed」（未確認）とされています。

初期報告に見る惑星の性質と主星

初期の発見報告によれば、HIP 13044 bは木星の約1.25倍にあたる下限質量を持つと推定されました。主星HIP 13044からの軌道半径は約1740万キロメートルで、およそ16日という比較的短い周期で主星の周りを公転していると考えられていました。軌道は真円ではなく、やや歪んだ楕円形をしており、その軌道離心率は0.25と報告されています。

主星のHIP 13044は、その進化の過程で大きく膨張し、表面温度が比較的低い赤色巨星となっています。赤色巨星は元の大きさに比べて数百倍も膨れ上がることがあります。恒星がこのように膨張すると、そのすぐ近くを公転している惑星は通常、恒星の外層に飲み込まれて蒸発・消滅してしまうと考えられています。しかし、もしHIP 13044 bが実在するのであれば、この惑星は主星の巨大な膨張を乗り越えて生き残った特異な事例となるため、その点でも関心を集めました。

銀河系外からの訪問者か？：起源の特異性

HIP 13044 bが発見された恒星HIP 13044は、天の川銀河の周囲を流れる「ヘルミ・ストリーム」と呼ばれる恒星の流れの中で発見されました。このストリームは、過去に天の川銀河の重力によって捕らえられ、潮汐力で引き伸ばされた矮小銀河の残骸であると考えられています。約60億年前、天の川銀河はこの矮小銀河と衝突し、その多くの星々を吸収したと推測されています。現在、ヘルミ・ストリームに属する恒星は、秒速280キロメートル以上という非常に速い速度で天の川銀河の中心を周回しています。

このことから、主星HIP 13044はもともと天の川銀河の外にあった矮小銀河に属していた恒星であり、したがってその惑星であるHIP 13044 bは、銀河系外で生まれ、後に天の川銀河に取り込まれた「銀河系外惑星」の可能性を持つ、初めての発見例となるかもしれない、とされたのです。これは、宇宙における惑星系の分布や形成場所に関する従来の常識を覆す発見として、非常に画期的なものでした。

惑星形成理論への示唆：低金属量星の周りの惑星

さらに、主星HIP 13044は、水素やヘリウムといった初期宇宙に豊富だった元素以外の「金属」（天文学ではこれらを金属と総称します）の含有量が極めて少ない「低金属量星」であることも明らかになりました。従来の惑星形成理論では、恒星が誕生する際に周囲にできる塵やガスの円盤に含まれる金属の量が少ないと、惑星の材料となる固体成分が十分に集まらず、特に木星のような巨大ガス惑星が形成されにくいと考えられています。そのため、HIP 13044のような極端な低金属量星の周りに、木星質量級の惑星が存在するという初期の報告は、銀河系外起源というユニークさに加えて、現在の惑星形成理論に再考を迫る可能性を示唆する発見としても、天文学界に大きなインパクトを与えました。

存在への疑念とその要因

しかし、2014年になって、最初の発見報告に用いられた観測データの再解析が行われた結果、惑星の存在を示唆するとされた恒星の視線速度の周期的な変動が検出されなかったという論文が発表されました。なぜ最初の報告で変動が見られたにもかかわらず、後の解析で確認できなくなったのか、その明確な理由は特定されていません。しかし、惑星の非実在を示唆する研究者たちは、最初の観測データの信号対雑音比が低かったこと、データの時間サンプリングに起因する窓関数の影響、あるいは恒星の運動を補正する際の計算誤差、さらにはスペクトルの特定の波長域における相関処理の不確かさなどが、誤った変動の検出につながった可能性を指摘しています。

このような経緯から、現在ではHIP 13044 bの存在には強い疑問符がつけられており、その実在は未確認の状態です。この天体の事例は、太陽系外惑星の発見がいかに微弱な信号を捉え、慎重なデータ解析を必要とするか、そして科学的な発見が常に検証と再評価のプロセスを経て確定されていくものであるかを示しています。今後、より高精度な観測機器を用いた再観測が行われれば、この興味深い惑星候補の真偽が明らかになるかもしれません。

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