IBM PCjr

IBM PCjrの概要

IBM PCjr（IBMぴーしーじゅにあ）は、IBMが1984年に発表したパーソナルコンピュータです。型番は4860で、IBM初の家庭向けコンピュータとして登場しました。IBM PCとの互換性を目指しましたが、商業的には失敗作となりました。前身はIBM PC XT、後継はIBM PS/1です。略称はPCjrとして知られています。

発表前のコードネームは「ピーナッツ」で、Teledyne Technologies社が製造を担当しました。以下の2モデルが発売されました。

4860-004: 64KBメモリ搭載、669ドル
4860-067: 128KBメモリ、360KB 5.25インチフロッピーディスクドライブ搭載、1,269ドル

PCjrは、ビジネス向けに普及していたIBM PCとの互換性を重視し、同じCPU（Intel 8088 4.77MHz）や拡張スロットを採用しました。一方で、オリジナルのIBM PCの標準であったスピーカー音やCGAグラフィックに代えて、ビルトインのカラーグラフィックと3つの音声機能を標準搭載しました。また、グラフィック表示にページフリッピングを採用した最初のPC互換機でした。これにより、ちらつきのない動画やエフェクトが可能となりました。

しかし、初期のキーボードの品質、価格、IBM PCとの互換性などが不評で、商業的には失敗に終わりました。

仕様

主な仕様は以下の通りです。

CPU: Intel 8088 4.77 MHz
メモリ: 64KB（マザーボード上、専用スロットで128Kまで拡張可能、拡張カードにより最大736KBまで拡張可能）
オペレーティングシステム: IBM PC DOS 2.10（DOSやカートリッジがない場合は内蔵カセットBASICが起動）
入出力: カセットポート、ライトペンポート、ジョイスティックポート×2、RGBモニターポート、ビデオポート、テレビ出力ポート、オーディオポート、キーボードケーブルポート、赤外線キーボードセンサー、シリアルポート、カートリッジスロット×2
拡張性: 3つの内蔵スロット（メモリ、モデム、フロッピーディスクコントローラに使用可能）
ビデオ: モトローラ 6845（CGA PlusまたはVideo Gate Arrayと呼ばれる、以下の画面モードを持つ）
テキストモード: 40文字×25行、80文字×25行、16色
グラフィックモード: 320×200 4色、640×200 2色、160×100 16色、160×200 16色、320×200 16色、640×200 4色
サウンド: Texas Instruments SN76496（3つのサウンド、チャンネルごとに独立した16段階のボリュームレベル）
ストレージ: オプションで5.25インチフロッピーディスクドライブまたはカセットテープ
* キーボード: 62キー。ケーブルまたは赤外線接続。最初のキーボードは「チクレットキーボード」と呼ばれた

特徴

PCjrのCPUは当時の家庭用コンピュータ市場では比較的高速でした。また、ビデオ機能はCGAの上位互換でしたが、細部の実装は異なっていました。

家庭用コンピュータとして、ROMカートリッジスロットを前面に配置し、ソフトウェアを素早く簡単にロードできるようにしました。カートリッジを差し込むと自動的に再起動してソフトウェアを実行するため、当時の他のコンピュータよりもユーザーフレンドリーでした。

また、「サイドカー」と呼ばれる拡張により、複数のPCjrを連結してメモリやシリアルポートを増やすことができました。

最初にリリースされたキーボードは、ゴム製のキーでできた赤外線接続のキーボードでしたが、非常に不評で「チクレットキーボード」と呼ばれました。その後、従来型のタイプライター・スタイルのキーボードに置き換えられました。

歴史

発表前 - 「ピーナッツパニック」

1980年代初頭、IBMは世界最大のコンピュータ会社でした。1981年にIBM PCを発表し、マイクロコンピュータ市場に参入しました。PCjr発表の前年には、「ピーナッツ」というコードネームで呼ばれた新製品が、IBM PCの成功を再現すると噂されました。その噂では、64KBメモリを搭載したホームコンピュータが、Apple IIeよりも低価格で販売されるとされました。

まだ存在しないコンピュータに影響され、ユーザーは製品を購入しようと店を訪れ、競合他社の売上にも影響が出たため、「ピーナッツパニック」と呼ばれました。

発表 - 「D-ディ」

1983年11月1日、IBMはニューヨーク本社でPCjrを発表しました。Compute!誌は「パーソナルコンピュータの歴史の中で、これほどまでに多くの人が熱心に待っていた製品はない」と記しました。競合他社もIBMの参入によって市場が安定することを期待しましたが、同時に価格競争の激化も予想されました。

IBMはクリスマス商戦の直前に発表しましたが、製造の遅れが発生して時期を逸しました。

発売後 - 「最大級の失敗」

PCjrは1984年初めに一般出荷が開始されましたが、売上は予想を下回り、店舗は即座に割引を開始しました。タイム誌は「在庫が積み上がり始めている」と書き、InfoWorld誌は「専門家が指摘できなかった失敗」と述べました。特に不評だったのは、チクレットキーボード、価格、IBM PCとの完全な互換性の欠如でした。

チクレットキーボードは「指にゴム製のムカデの感触」と評され、長時間のタイピングには不向きとされました。価格も「ホームコンピュータとしては高価だが、低価格コンピューターより強力でもない」と批判されました。IBMはターゲット市場を明確にせず、ソフトウェア開発者は混乱しました。

互換性も大きな問題で、多くのユーザーはPCjrがIBM PCのソフトウェアを動かせると思っていましたが、実際には互換性のないソフトウェアが多く存在しました。特に、Lotus 1-2-3やMicrosoft Flight Simulatorなどの人気ソフトウェアはPCjrでは動作しませんでした。

「ジュニアを救えキャンペーン」

1984年半ば、IBMはキーボードの無償交換や価格の引き下げ、メモリ拡張オプションの発表などを含む「ジュニアを救えキャンペーン」を開始しました。これにより一時的に売れ行きが回復しましたが、長期的な成功にはつながりませんでした。

販売終了

1985年3月19日、IBMはPCjrの販売を終了しました。この決定は、PCjrに関連した多くの人々を驚かせました。

影響

PCjrの商業的失敗は大きく、IBMは社内で「チクレット・ルール」を作り、今後の製品開発にヒューマンファクターのテストを必須としました。1990年にIBMはPS/1で家庭市場に復帰しました。PS/1はPCjrとは異なり、完全なPC互換性、低価格、従来型のキーボードを備えていました。

互換機

タンディは1984年にPCjrの互換機であるTandy 1000を発売しました。Tandy 1000はPCjrの欠点を改善し、ヒット商品となりました。

ソフトウェア

PCjrは短命に終わりましたが、互換機であるTandy 1000がヒットしたため、PCjr対応ソフトは多数発表されました。MobyGamesによれば、PCjr/Tandy 1000のグラフィックに対応したゲームは805タイトル、サウンドに対応したゲームは437タイトル確認されています。

PCjrの画面モードは320x200, 16色というEGAと同等の画面モードを持っていたため、多くのPCjr対応ゲームはEGAを搭載したPC互換機でも動作するようにデザインされています。

もう一度検索