LMD-649

LMD-649：手作りサンプラーの誕生

LMD-649は、東芝EMIのエンジニアであった村田研治氏の発想から生まれた、手作りのサンプラーです。1980年代初頭、デジタルサンプリング技術が黎明期を迎えていた頃、村田氏はレコーディング現場での実用性を追求し、この独自のデバイスを開発しました。

開発の背景

当時、MTR（マルチトラックレコーダー）に録音されたドラムなどの短い音素材の差し替え作業は、非常に手間と時間を要していました。村田氏は、この作業を効率化するため、MTRの音に合わせて自動的に短い音を再生する機械を考案しました。当初はレコーディング機器としての目的で開発されましたが、完成後には楽器としての可能性も見出され、音楽制作の現場で積極的に活用されるようになりました。

LMD-649は、約50万円の費用をかけて手作りされました。当時、「サンプラー」という言葉はまだ一般的ではなく、スタッフの間では「PCM録音機」と呼ばれていました。開発当時、海外ではフェアライトCMIやEmulatorといったサンプラーが既に発売されていましたが、村田氏は「高価な輸入品に頼らず、音楽創作の現場に新たな機械を届けたい」という強い思いから、手作りでの開発を決断しました。

LMD-649の命名

「LMD-649」という名前は、その機能と開発者、そして音楽への想いを象徴しています。「L」は「ロジック」を、「M」は開発者である「村田研治」氏を、「D」は「ドラム」を、そして「649」は「ロジック」に音を当てた数字をそれぞれ表しています。

LMD-649の機能と仕様

LMD-649は、以下の様な特徴的な機能を備えています。

録音機能: レコーディングボタンを押すと、1.2秒間の録音が開始されます。
再生範囲設定: 録音された音にスタートポイントとエンドポイントを設定し、指定された範囲のみを再生できます。
トリガー入力: 再生開始のトリガー信号には、打楽器などの音響信号の他、ローランドMC-8のトリガー信号やパルス信号も利用可能です。
主な仕様: サンプリング周波数50kHz、分解能12bit、最大録音時間1.2秒

音楽シーンへの登場

LMD-649が最初に使われたのは、大貫妙子さんのレコーディング現場でした。しかし、レコードのリリース時期としては、YMOのアルバム「テクノデリック」が最初となります。「テクノデリック」では、一斗缶を叩いた音や声、工場の騒音など、現実の音を音楽に取り入れた「ミュジーク・コンクレート」の手法が用いられており、LMD-649はこれらのサウンドの重要な要素として活躍しました。

ライブでは、大貫妙子さんのライブが最初で、その後YMOのウィンター・ライブ1981でも使用されました。YMOのライブでは、高橋幸宏さんのブースにトリガーを発生させる黒いボックスが置かれ、ドラムスティックや手で叩いて発音させていました。

後継機と関連機器

LMD-649は、その後の音楽制作に大きな影響を与えました。雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』では、LMD-649miniの製作記事が連載され、スペックを限定したモデルが紹介されました。また、再生専用機であるREALBOXの製作記事も連載されました。

さらに、村田研治氏は、PC-9801Fとリンドラムを使用したサウンド・メモリー・システム"LINDA"を開発し、同誌で紹介されました。

オレンジについて

「オレンジ」というサンプラーは、YMOやアルファレコード関連の会社が製作したものであり、LMD-649とは開発者も異なる独自のサンプラーです。LMD-649の後継機ではありません。

まとめ

LMD-649は、その開発背景、機能、音楽シーンへの登場、そして後継機や関連機器の存在まで、日本の電子音楽史において重要な役割を果たしたと言えるでしょう。手作りで製作されたLMD-649は、その革新的な技術と発想で、多くの音楽家やエンジニアに影響を与えました。

参考文献

田中雄二『電子音楽 in JAPAN』アスペクト、2001年

関連項目

* メロトロン

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