M73 (天体)

みずがめ座の領域に、シャルル・メシエによってカタログ化された天体の一つ、M73（NGC 6994）が存在します。これは、いくつかの比較的明るい星が集まって見える「星群」として知られています。

M73を構成するのは、およそ10.5等級から12.0等級の4つの星が主体です。その見かけの単純さから、多くの詳細な星図や星表においては記載が省略されることもあります。観測条件によって見え方が異なり、一般的な双眼鏡では捉えるのが難しい対象です。しかし、口径10センチメートル程度の望遠鏡を用いると、そのうちの3つの星を確認でき、さらに口径を20センチメートルクラスに増すと、Y字型に並ぶ4つの星が明確に捉えられます。さらに大型の口径30センチメートル級の望遠鏡では、この主要なグループに加えて、さらに微かな星々が視野内に見えてきます。

この星の集まりの正体については、長らく天文学者の間で論争がありました。すなわち、これらの星々が物理的に結びついた「散開星団」なのか、あるいはたまたま地球から見て同じ方向にあるだけの、互いに無関係な星の集まりなのかという点です。過去の観測者の中には、星雲状の広がりを報告する者もいましたが、他の観測者はそれを否定しています。

決定的な知見は、2002年にドイツのマックス・プランク天文学研究所とフランスのボルドー天文台の研究者によって発表されました。彼らは、M73を構成すると考えられていたそれぞれの星の距離を精密に測定し、さらにそれぞれの星が宇宙空間を移動する方向や速度を詳細に解析しました。その結果、これらの星々は互いに異なる距離に位置し、異なる方向へと動いていることが明らかになりました。この研究成果は、M73が物理的に関連を持った星の集団である散開星団ではなく、単に見かけ上密集しているように見えるだけの星群であることを強く示唆しています。

M73の観測史は、その発見者であるシャルル・メシエに始まります。彼は1780年10月5日と6日にこの天体を観測し、その記録には「わずか3〜4個の微かな星の集まりで、星雲のような物質を含んでいるように見え、M72とほぼ同じ経度にある」と記しています。メシエの記述にある星雲状の存在については、その後の観測者によって意見が分かれています。著名な天文学者ジョン・ハーシェルは、M73を「星団としては極めて貧弱であり、星雲状の物質は認められない」と評しました。また、ウィリアム・ヘンリー・スミスも、自身の観測で「貧弱な視野の中に、10等星が3つ見える」と記録しています。

アメリカのアマチュア天文家ジョン・マラスの報告も興味深いものです。彼は口径10センチメートル（4インチ）の望遠鏡を25倍の低倍率で使用した際、メシエが記述したように、何らかの星雲状物質が広がっているかのように見えたと述べています。しかし、わずかに倍率を上げて観測すると、このぼんやりとした光の広がりは消失したとしています。これは、観測条件や倍率によって見え方が変化すること、そしてメシエが視た「星雲状物質」が、実際には低倍率での見かけの効果であった可能性を示唆しています。

M73は、同じくメシエカタログに登録されているM40という天体と似た性質を持っています。M40も当初は星団と考えられていましたが、その後の研究によって二重星であることが明らかになっています。このように、メシエカタログには、現代の分類では必ずしも期待される天体（星団、星雲、銀河）だけでなく、M73のような偶然の星の集まりや、M40のような二重星が含まれており、カタログ成立当時の観測技術や天体観の限界を示す興味深い事例と言えます。そのものと言えるでしょう。

現在の天文学においては、M73は真の星団ではなく、地球から見てたまたま同じ方向に位置する複数の星の集まり、すなわち「アステリズム」として分類されるのが一般的です。その正体を巡る議論の歴史は、天体観測と研究の進歩を物語る一例となっています。

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