NWA 7034

火星隕石 NWA 7034（ブラックビューティー）

火星から飛来した岩石、隕石は、遠い惑星の地質史を解き明かす貴重な手がかりとなります。その中でも、NWA 7034と名付けられた火星隕石は、特異な性質と重要な発見をもたらしたことで知られています。「ブラックビューティー」という愛称で親しまれるこの隕石は、既知の火星隕石の中でも特に古い形成年代を持ち、驚くほど高い水分含有量を示すことから、火星における過去の水の存在や地質活動について新たな視点を提供しています。

発見と命名の経緯

この隕石は、2011年にアフリカ大陸のサハラ砂漠で発見されました。その後、モロッコの隕石ディーラーを経て、アメリカ合衆国の収集家の手に渡ったため、残念ながら正確な発見場所の座標は記録されていません。他の多くの隕石と同様に、その正式名称であるNWA 7034は、発見地域である北西アフリカ（Northwest Africa）を示す「NWA」と、隕石登録順に付与される通し番号「7034」を組み合わせたものです。しかし、その独特な外見から、所有者や研究者の間で非公式に「ブラックビューティー」（Black Beauty）という愛称で呼ばれるようになりました。

物理的・化学的特徴

NWA 7034は、火山活動に由来する角礫岩（ブレッチャ）であり、全体的に斑岩に似た外見をしています。その構造は、最大で直径5mmほどの比較的大きな結晶、いわゆる斑晶として、斜長石（アンデシン）や輝石（ピジョン輝石、普通輝石）が、より微細な粒子で構成される石基の中に散りばめられているのが特徴です。

主要な鉱物組成に加えて、塩素燐灰石、クロム鉄鉱、針鉄鉱、イルメナイト、磁鉄鉱、マグヘマイト、アルカリ長石、黄鉄鉱といった多様な随伴鉱物を含んでいます。また、中には、急速に冷却されたマグマが固まってできた岩石が砕け散った断片が含まれていることも分かっています。

特筆すべきは、その化学組成です。NWA 7034の岩石全体の分析からは、これまでに地球上で発見されたどの火星隕石よりも高い水分含有量を持つことが判明しました。この多量の水は、単に地球大気の湿気を吸収したものではなく、隕石が火星に存在していた際に岩石内部に取り込まれたものと考えられています。これは、おそらくかつて火星表面に広範囲に存在していた可能性のある水が、火山活動によって形成された岩石に取り込まれた後、そのまま地中に保存され、やがて隕石として宇宙空間に放出され地球にもたらされたものと推測されています。

形成年代と分類上の位置づけ

放射性同位体を用いた年代測定の結果、NWA 7034は約20億8900万年前（誤差±8100万年）に形成されたと推定されています。これは、火星の地質年代区分でいうと、クレーター形成活動が比較的穏やかになったとされるアマゾニス期が始まった頃に当たります。この年代は、現在知られている火星隕石の中で、ALH 84001に次いで2番目に古い形成年代を持つ標本であることを意味します。

NWA 7034が科学的に特に重要視される理由の一つは、その分類上の特異性にあります。NWA 7034が発見されるまで、地球上で見つかる火星隕石は主に火成岩由来のシャーゴッタイト、ナクライト、シャシナイト、そして約40億年前の形成を示す特殊なALH 84001に分類されていました。しかし、NWA 7034は火星由来の岩石としては珍しい角礫岩（ブレッチャ）であり、これらの既存のどのグループにも明確に当てはまらなかったのです。

そのため、国際隕石学会は2013年1月に、「Martian (basaltic breccia)」（火星由来玄武岩質角礫岩）という新しい分類を正式に承認し、NWA 7034はその代表例となりました。これは、火星の地殻が持つ多様性を示すものであり、今後の火星隕石研究の方向性にも影響を与えています。

その化学組成、特に鉄とマンガンの比率は他の火星隕石と類似していますが、酸素同位体比には特異性が見られます。この特徴は、火星の地殻が水と相互作用して変質した際に起こった化学反応や、隕石が火星から飛び出す際の衝撃によって、異なる組成を持つ地殻物質が混入した可能性などが示唆されており、現在も研究が進められています。

ちなみに、もしこの岩石が地球上で見つかったものであれば、その組成や構造から玄武岩質の角礫岩に分類されるでしょう。NWA 7034は、その形成年代、高い水分含有量、そして分類上の特異性から、火星の古代環境や地質進化を理解する上で極めて貴重なサンプルと言えます。

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