S-IC

S-IC (エス・ワン・シー)

S-ICは、アメリカ合衆国が推進したアポロ計画において、人類を月へと送り出すために開発された巨大ロケット、サターンVの第1段として機能した部分です。この巨大な推進器の製造は、大手航空機メーカーであるボーイング社が担当しました。

概要と性能

打ち上げ時のS-ICは、総重量が2000トンを超えましたが、その大部分を占めていたのは推進剤である燃料のケロシンと酸化剤の液体酸素でした。機体そのもののサイズは、高さがおよそ42メートル、直径は10メートルにも達しました。発射時には最大3465トンにも及ぶ強大な推力を発生させ、機体を高度約61キロメートルまで加速させる役割を担いました。動力源は、5基のF-1ロケットエンジンです。このうち中央に配置された1基は固定されていますが、周囲を取り囲む4基のエンジンにはジンバル機構が備わっており、噴射方向をわずかに変えることで機体の飛行姿勢を精密に制御しました。

製造経緯

S-ICの製造契約がボーイング社に与えられたのは、1961年12月15日のことでした。この時点ですでに、機体の基本的な設計思想はNASAのマーシャル宇宙飛行センター（MSFC）によって確立されていました。実際の製造作業は複数箇所に分かれて行われ、必要な機器類はカンザス州ウィチタで製造され、構造に関する風洞試験はシアトルで実施されました。そして、全体の最終的な組み立ては、ニューオリンズにあるメーシュ組立施設で行われました。

MSFCは、ウィチタで製造された部品を用いて、まず初期の試験機としてS-IC-T、S-IC-S、S-IC-Fの3機、そして飛行試験用のS-IC-1とS-IC-2の2機を製造しました。これらの機体開発から得られた知見を基に、ボーイング社はさらに試験機S-IC-Dを製造しています。燃料タンクの製造には7ヶ月から9ヶ月を要し、機体全体の完成までには約14ヶ月が必要でした。

構造

S-ICを構成する上で、最も巨大で重い部品の一つが、重量約21トンに及ぶ推力支持装置です。この装置は、5基のF-1エンジンが生み出す莫大な推力を確実に受け止め、機体構造全体に伝達する重要な役割を果たします。発射台には、長さ4.3メートル、重量816キログラムのアルミニウム製アンカー4本によって強固に固定されていました。また、機体底部に設けられた翼は、発射時の高温環境に耐えうるよう、1100℃までの耐熱設計が施されています。

推力支持装置のすぐ上には、容量77万リットルのケロシン燃料タンクが設置されています。このタンク自体は約11トンの重量があり、毎秒7300リットルという驚異的な速度で燃料をエンジンに供給しました。打ち上げ前には、燃料の質を均一に保つために窒素の泡を混入して攪拌され、飛行中には液体酸素タンクの上部に配置されたヘリウムタンクから供給されるヘリウムガスによって加圧されていました。

燃料タンクの上部には、容量120万4000リットルにも及ぶ液体酸素タンクが配置されています。ただし、常温のケロシンと極低温（−183℃）の液体酸素間の熱伝導を防ぐため、両タンクの間にはわずかな間隙が設けられています。技術者たちにとって特に困難だった課題の一つが、液体酸素をタンクからエンジンへ送るパイプの配置でした。設計上の要請から、このパイプは直線状である必要があり、そのためにはケロシン燃料タンクの中を貫通させなければなりませんでした。常温のケロシンが凍結しないような工夫を凝らす必要があったほか、ケロシンタンクの上部に5箇所の開口部を設ける必要が生じました。

エンジンを覆う円錐状のフェアリング内部には、それぞれ2基の固体燃料ロケットが組み込まれています。S-ICの燃焼が終了すると、これらの小型ロケットが噴射され、S-ICは第2段機体から安全に分離される仕組みでした。

その他の情報

S-ICは、アポロ計画における主要な機体として、多くの資料や記録に残されています。また、現代の作品においてもその存在は描かれることがあり、例えば映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の冒頭シーンでは、このS-ICが燃焼・分離する様子が描かれています。

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